PAGE TOP

歴史的

印刷する

「もののあはれ」から考える日本人と「やまと魂」

さぼ郎
浅草寺

いつの写真か知りませんが3.11以前の写真です。というのは、先っぽのタマコロが2個ついています。3.11で一番上のタマコロが落ちてしまって、そのままでした。

浅草寺

2016年7月3日の写真では、先っぽのタマコロが1個になっています。いま、清水建設が、五重塔の瓦をチタンに取り替える工事をやっています。

なんでも5万7千枚も瓦が有るようです。伝法院のお庭拝見の折にチタン瓦を触らせてもらいましたが、紙のような薄さと軽さで、これが半永久なのだそうですから驚きです。

五重塔の工事中に、雷門の瓦が落ちるということがあって、それも清水建設が直していました。

なんでも浅草寺は628年が縁起だそうで、いまから1388年前の事になります。このチタンの瓦は、半永久といいながら一応、千五百年の耐久性だそうで、もし、推古天皇の時代にチタン瓦を葺いていたらいまでも、使えているわけです。

これから千五百年後の日本はどうなっているのかは、皆目見当もつきませんが、ともかく浅草寺の瓦だけは残っているようです。


島左近
東京新聞の記事にリンク ↑

島左近の直筆の手紙だそうです。下半分が逆さまのような気もしますが、どこかに「島清興」と書かれているのだそうです。

石田三成の武将で、一応、勇猛ということで有名でしたが、実像は全く不明で、お墓も全国あっちこっちに有るようです。

日本人とは何か などと言い出すつもりは全くありませんが、唐突で恐縮ですが、本居宣長の「うひ山ぶみ」を読んでいると、本居宣長というヒトの生きざまには驚かされます。

国学」という物の考え方には「イニシエ」を明らかにしようと言う学問的態度があります。そもそもは契沖、荷田春満がいて、そこに賀茂真淵が登場します。どちらかというと、契沖、荷田春満は和歌から政治性を排除しようとしたのに対し、賀茂真淵は政治的効用を説きます。

この「国学」と政治性が明治時代から昭和の国粋主義に使われることで、日本の歴史で最悪の思考停止状態になってしまいました。

人の心の悪しき国」である中国に対し、「五十音(いつらの音)の美しく歌わる言霊の幸わう国」である日本には、万葉集に描かれている「ますらお」を日本人の精神として賛美します。

ところが面白いことに若き宣長が京都で学んだ堀景山は荻生徂徠の方法論を支持していた人で、宣長もおそらくは荻生徂徠の方法論を、万葉や古事記の注釈に用いているような気がします。

とはいえ、荻生徂徠は漢文を学ぶにおいて訓読はだめで、上から下に音読みをすることを提唱します。それを「従頭直下」に読むというわけです。かといって、中国語で読むのかといえばそうではなく、華音(音ヨミ)で読んで、日本語に解釈するというような勉強法だったようです。

荻生徂徠に関しては、いま、佐藤雅美の小説を読んでいるので、それが終わり次第、面白ければ紹介します。

荻生徂徠

で、本居宣長の勉強法も荻生徂徠に似て(方法論として)、万葉集を徹底的に勉強し、その知識を持って古事記に注釈を付け、当時、古事記より日本書紀が珍重されていた時代に漢文の色が少ない古事記を35年かけて解釈します。

古事記伝」が完成した時は69歳になっていたというから驚きです。34歳の時に賀茂真淵に古事記を徹底的にやるように言われて、本当に徹底的にやってしまいました。

道を学ばんとするなら漢意儒意を潔く捨ててヤマト魂を堅固にすることが重要だと説きます。

宣長の思想でコアにあるのは「もののあはれ」で、ありてにいうなら「いかんともしがたい」感情のようなものと思います。例えば総理大臣であろうが東京都知事であろうが、その人の奥には女々しく、おどおどした好色で愚かな感情が潜んでいるわけで、自分ではどうしようもない弱さや恋心に翻弄されるわけです。

女性を見て「美しい」「好きだ」と感じてしまう「動かしがたい事実」を前にしての驚き、不安、喜び、哀しみ、恐れに全てに「もののあはれ」があると考えるわけです。

「あいがたし人のゆるさね事のわりなき中は、ことに深く思いいりて哀のふかき物なり」という「わりない」恋の切なさ・もどかしさにおいて、その思いを訴えずにいられない時に、こころを打つ歌が生まれるのだそうで、抑えようのない恋心の哀切にこそ「もののあはれ」の真髄があるわけです。

もののあはれ」を知ることで、理知などではどうにもならない、なすすべのない弱さ、愚かさにおいて人と人はつながっていくわけで、そうした心こそが「やまと魂」なわけです(ちょっと違いますが、ま、そのように解釈することが平和的ですね)。

われわれは、考えもせず英語を勉強したり、工業やら技術やらITやら金融やら、果ては人工頭脳だのロボットだのと、日本人で有ることとは無関係に生活のためと称して、色々学び、世界を駆け巡って金稼ぎにいそしんでいるわけですが、じつは、それが「あなたの生きる道なの?」という問いかけを自問しては来ませんでした。

道

人間として一番重要なことは、「」だと思います。この「」に繋がる道を見つけ、歩むことこそが重要なのに、金稼ぎに夢中になりすぎている気もします。

昨日の動画にもありましたが、子供の頃は「」があったのに、おとなになると即座に「」を語れなくなるのは、「もののあはれ」を喪失しているからなのだと思います。

日本という風土に生まれ育ち、日本語を解し、読み書きもしているのに、漢意儒意どころではなく、英意に毒され洗脳され子供の自分から論理性などを叩き込まれることこそが「あわれ」だと、誰か声を上げないのでしょうか。

本居宣長は1730年の人だそうです。少し遅れて1747年の人に司馬江漢という人がいます。

つるんでは 喰ひてひりぬく 世界虫
上貴人より 下乞食まで

「上天使将軍より下士農工商非人乞食まで、皆以て人間也」という世界観は、今でこそなんですが、宣長とほぼ同時代の人の世界観としては、達観ですよね。

最後に山片蟠桃。この人も司馬江漢とほぼほぼ同時代の人です。

地獄なし 極楽もなし 我もなし
ただ有るものは 人と万物

やまと魂は、ここまで来ていたのに薩長と意味なしの西洋化によって逆行してしまいました。そして、この平成の世も意味なしの西洋化が横行し、アジア近隣との距離感が今一つ不透明です。



キーワード