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文書管理の歴史

さぼ郎
文書管理の歴史を調べてみると面白いことが分かります。

中国では隋が統一する前頃から律令が作られ、隋・唐期において成文法として完成していきます。日本では中国から「律令」が伝わります。ちなみに「」が刑法で、「」が行政法に該当します。

記録では、668年の「近江令」、689年の「飛鳥浄御原令」があって、701年の大宝律令となります。一応、体系が整った最初の律令は「大宝律令」ということになるらしいのですが、原文が現存しておらず、757年の施行された「養老律令」などから内容を推測しているとのことです。

大宝律令は藤原不比等によって日本流にカスタマイズをしていますが、途中で不比等が死んでしまい、あとを継いだのが藤原仲麻呂です。

細かい話なりますが、藤原家は鎌足から不比等になり、不比等の4人の息子がそれぞれ南家、北家、式家、京家となって平安時代には北家が隆盛を極めますが、不比等の息子の4兄弟が天然痘で相次いで死んでしまった後に台頭したのが、南家の藤原仲麻呂でした。

蛇足ですが、聖武天皇の皇后の光明子は4兄弟の妹で、民間からの初めての皇后ということになっています。聖武天皇の母は、藤原宮子で、この方は皇太后になっています。

養老律令の制定をまとめた藤原仲麻呂孝謙天皇&道鏡と対立して乱を起こして滅ぼされます。

ということで、現存している律令としては「養老律令」を根拠にするのが妥当だと思います。

この養老律令の21番目にある「公式令(くしきりょう)」は89の条文で構成さているとのことです。これはこれで、紐解いていくとなかなか面白いのですが、とりあえず、公文書管理に関する部分を取り上げると、82条の「案成」と83条の「文案」が該当します。

案成

草案・本案を作成、また他司から来た公文書を記録・成巻したならば、つぶさに収蔵目録を箇条書きに記録すること。
その上端には、何年何月に何という司が納めた案目と記すこと。
15日ごとに庫に納めて終了させること。
詔勅の目録は、別所に安置すること。

文案条

文案について、詔・勅・奏の案、及び、考案、補官・解官の案争訟があったときの判断文・田(田籍・田図)・良賎(良賎の別を判定したもの)・市估(市司の作成した貨物時価簿)の案 など
このような類は、永久に保存すること。
それ以外は、年ごとに検討・選択して、3年に1度廃棄すること。
つぶさに廃棄したものの記録目録を作ること。
保存を延長する場合は、事情を量って保管収納すること。

とこのように決めています。

行政をつつがなく運営していくためには「文書管理」は不可欠であることを如実に示しています。なぜなら、前例主義を貫くことが権力の正当性を確保する手段であったからです。

イギリスでは、公記錄を法律で管理するようになったのは1838年からだそうです。もちろん、記録としては寺院などで保管をしていましたが、法律で明確な指針が定まるのが1838年からということで、管理をしていなかったわけではありません。

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アメリカでは、公文書保存の必要性が認識されるようになったのは1774年の第一議会においてであったとのこと。アメリカがイギリスからの独立を宣言するのが1776年7月4日ですから、それ以前に公文書の保存について議論しているのですから驚きです。

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しかし、イギリスやアメリカで公文書の管理について、議論し、法律を制定するのは、日本よりも千年以上遅れてはいますが、基本とする理念は「民主主義」を守るためであり、どの時点においても政府の活動の正当性を示す根拠とするためであるわけです。

日本でも、せっかく養老律令といういい例があったのに、「公文書管理法」として施行されたのは平成23年からです。

しかし、現実には森友問題、加計問題や防衛庁の日報問題など、次々に現れてくる文書管理の不適切な管理や、都合の悪い文書を1年未満として廃棄していく姿を政府が容認、あるいは推奨している姿を見る限り、養老律令の精神からも、英米における民主主義の精神からもかけ離れたものとしか言いようがありません。

このことをいくら掘り下げても政権をになう人たちの意識が変わらない限り意味のないことなので、話をもとに戻しますが、根本にあるのは、隠蔽しなければならない不都合があるからせっせと内規を作って「文書」を廃棄していることは間違いのないところであって、国家国民を愚弄している事実はいかんともしがたいと思います。

日本の民主主義はさておき、アメリカでは公文書の管理の必要性を認識し、1810年に国立公文書館法が制定され、1934年制定の国立公文書館設置法によって、独立国家機関の国立公文書館が設置されることで、レコード・マネジメントという概念が実務として発生しています。

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時期をほぼ同じくしてファイリングという手法が成立しています。ファイリングの画期は、文書を綴るのではなく厚紙にはさんで整理するためのキャビネットを組み合わせた点でした。

それがバーチカル・キャビネットによるファイリンの発生で、その手法と公文書館におけるレコード・マネジメントが手法を継承し図書館カードの管理手法と共通の手法となりました。

配列は、ABC順、番号順、地域別など、誰が整理してもほとんど同じ整理になることが原則でした。まだ、コンピュータなどがない時代ですから探す手間を軽減するための手法が必要だったからです。

20世紀に入ると産業界が成熟してきて、様々な文書の管理が必要となり、そこで産業界が利用したのが図書館管理の手法だったようです。同時に、ファイリングも重用されていきました。

しかし、専門の人材がいなければ管理が破綻することとなり、図書館管理を応用することで貼ってさせてくると同時に、専門の人材の養成も盛んになります。

レコード・マネジメントとして文書ファイルの分類・整理技法から計画的な廃棄や収納方法の工夫、探す際の手間の軽減、組織としての知識継承などを含むマネジメントという観点が、組織の成長や人材の育成に重要な影響を及ぼすことは公的機関のみならず産業界に置いても重視せざるを得ません。

日本では一般に「文書管理」といいますが、実態は「レコード・マネジメント」なわけで、単に文書を整理して時期が来れば廃棄すればいいだけのことではなく、個々の文書に書かれている叡智をどのように組織内に

どのように組織文化に組み込んでいくかは組織のマインドとしても重要なことと思います。

蛇足ですが、日本で「文書管理」というと「ファイリング」という向きがあります。主としてはファイリング・キャビネットの什器を販売している会社発が主体なのでしょうけれど、そこで最近目にするのが「積上」という方式を推奨していることです。

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国際的にはファイリン後というと「割付」が標準のようで、「積上」は推奨されていません。積上げ方式は、理屈としてはよく分かるのですが、それはあくまでも概念のことで、実務的には「積上」方式は現実的な気がしません。

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