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伝記「長谷川泰」《最終回》

伝記「長谷川泰」《最終回》

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さぼ郎

知己が本を送ってくれました。「がんに効く生活」という本で、フランス人が書いています。たまたま免疫の本を読み、「がんはなぜできるか」という本(どちらもブルーバックス)を読んでいたところです。基本的には、アメリカ人の書いた翻訳本は、あまり読...

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伝記「長谷川泰」《5》

伝記「長谷川泰」《5》

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さぼ郎

「済生学舎」をwikiで調べると、まず、その前段から始めなければならない。おさらいをすると、戊辰戦争で河井継之助の最後を看取り、維新になって相良知安の弟の相良元貞の推薦で大学東校(東大学部の前身)の教師になり、明治5年には校長になるが、...

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伝記「長谷川泰」《4》

伝記「長谷川泰」《4》

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さぼ郎

佐藤尚中は「済衆舎」なる医学校を浅草西鳥越に明治6年開校した。下谷練塀町に医院を開業したが、手狭であり、湯島に3千坪の土地を購入し明治8年に新病院を完成させた。佐藤尚中宮内省「大典医」(明治天皇の主治医団長)・文部省「大学大博士」第一号...

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伝記「長谷川泰」《3》

伝記「長谷川泰」《3》

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さぼ郎

順天堂時代の先輩相良知安の弟で同窓でもある友人相良元貞の推薦で、明治2年(1869年)大学東校少助教、明治3年(1870年)大助教。当時の医学校は、ウィリアム・ウィリスが治療と講義を行っていたが、相良知安らは順天堂時代からドイツ医学を学...

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伝記「長谷川泰」《2》

伝記「長谷川泰」《2》

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さぼ郎

江戸の洋学は種痘から始まります。ジェンナーが編み出した牛痘が日本に伝わったのが1849(嘉永2)年のこと。この年に大阪では緒方洪庵が「除痘館」を開いているのだそうです。さすがに早い。江戸では1858(安政5)年だそうで、関西と9年のギャ...

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伝記「長谷川泰」《1》

伝記「長谷川泰」《1》

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さぼ郎

長谷川泰は、天保13(1842)年に漢方医長谷川宗済の長男として新潟県長岡市で生まれた。14歳のときには、良寛とも親交のあった鈴木文台の漢学塾に学んでいる。3年の修行の後、郷里に戻り父親から漢方医学の講義を受けている。しかし、一方で長崎...

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