PAGE TOP

視点

印刷する

これから死に向かって

さぼ郎
要介護
「シニアの再婚」にリンク ↑

総務省の人口統計を見ると、65~74歳が17,571千人で、75歳位以上が17,798千人です。要支援で6倍、要介護で7倍になります。

人口全体で65歳以上はどうなのかというと、65歳以上の人口の17%が要介護か要支援になります。

それは 総人口の5% という数字です。

共に14.1%と14.0%。足すと、28%。65歳位以上の約3分の1になります。

記事では75歳を境に、要支援、要介護共に激増すると警鐘を鳴らしています。認知症はどうでしょうか? 認知症と要支援、要介護は密接な関係があるように思えます。

認知症
「日本社会が直面する、認知症「1300万人」時代」にリンク ↑

MCI」というのは軽度認知症のことだそうです。現在で65歳以上が3500万人なので、概ね、そんな感じなのでしょう。

つまりは、65歳以上の3人に1人が軽度認知症か、まともに認知症になってしまうという現実があります。

それ以外にも、脳梗塞、心筋梗塞、癌、肺炎など、高額医療費が発生してきます。

認知症の記事に書かれていましたが、自分が認知症であることを認めたがらないのだそうです。同様に、65歳以上になれば、近い将来、死ぬということのリアリティを持たなければならない年代なわけです。

宗教とは別に、病、認知症、そして死を考える「」が必要じゃないでしょうか。

生涯未婚率という言葉があります。統計上では50歳のときに未婚だったヒトの割合のことだそうです。

障害未婚率
生涯独身率の記事にリンク ↑

と、このグラフを見ると、2000年あたりから激増しています。

一般的に女性の方が若くして結婚し平均寿命は男よりも長いのですから、伴侶に先立たれてから独身の生活を過ごすことになります。

そうなると生涯独身で来たヒトと、いずれ合流することになるわけですが、そこで、要支援、要介護、認知症などがかなりの確率で襲ってきます。

ホスピス・緩和ケアに関する意識調査2018年」というレポートが有りました。

ホスピス財団
ホスピス財団にリンク ↑

回答者1,000人。

年齢分布
癌だったら告知を望むか

告知
告知を望む割合の経年変化

この変化は面白いです。問いは「癌だった場合の告知を望むか」ですが、2011年まで増加傾向でしたが、2018年には激減しています。

また、年齢が下がると、癌告知に抵抗を持つような傾向があるようです。50歳以上だと7割が告知を望むとのこと。ある種、諦めができてくるのでしょうか。

死に方については、2つに別れます。

死に方

77.7%がポックリと死にたがっていますが、現実には滅多にはいません。22.3%は徐々に死にたいとしており、その理由は「死の心づもりをする」のだそうです。が、実際には、そんなにキレイな死に方ではなく、苦しみ悶えて死ぬか、ボケて衰弱して意識がなくなってご臨終になることがほとんどのようです。

死に方

伴侶がある場合の死に方ですが、性別で見ると、男は8割が先に死にたがっていますが、女性は半分半分です。

先に死にたい理由として「相手を失うことが耐えられない」という理由が多いそうですが、現実には「生活が困る」ことが最大の理由のような気がします。

女性は、お金さえあれば生活に困ることはなさそうですが、日本の男は洗濯も炊事も掃除もだめな人が多いからでしょう。かく申す、ワタシもそうです。

女性で先に死にたい理由は「相手の介護をしたくない」というのが男の約2倍あるようです。さすがに女性はリアリストです。

死生観について、面白いと思ったのは宗教の有無と、死期が迫ることで不安なこととで、さしたる違いがないことでした。

ちなみに、信仰する宗教としては、
無宗教:64.1%
仏教:29.4%
その他:6.5%

今の日本で、宗教の役割は葬式くらいで、心の支えにはなっていません。夏目漱石が「」で主人公の宗助が、友人の安井を裏切ったことで自らを苦しめ、鎌倉(
実際には漱石自身が鎌倉の本覚寺にこもっている)の禅寺をくぐります。

そこで「父母未生以前本来の面目は何なんだか、それを一つ考えて見たら善かろう」と問われますが、結局は答えをだすことができずに寺を後にします。
自分は門を開けて貰いに来た。けれども門番は扉の向側にいて、敲いてもついに顔さえ出してくれなかった。

彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった

この展開は、「それから」+「」のようですが、死に望んで宗教が心の支えになるか」という問いに対して「わからない」が38.2%なのに対して、「なる」が32.0%、「ならない」が29.8%であるがごとくで、3分の2の人にとっての宗教の門は、頼った所で閉ざされているようです。

つまり、宗教を持っている人たちにとっては、心の支えになっているのだと思います。宗教を持っていないヒトにとって、宗教が心の支えになるかならないかはわからないというのが正解のような気がします。「ならない」と断言しているヒトについて、もう少し情報が欲しい気がします。

えっ!」と思ったことは、「あの世はあるか」に対して「決めかねる」が42.4%もあり、「ない」の35.6%を超えていることです。「あの世」と宗教って、別物なんでしょうがか。

日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団というところの調査なので、当然のことなのですが、「安楽死」に対する設問がありませんでした。

ワタシは、3月と5月にTUR-BTという膀胱癌の手術を2回経験しているのですが、深い深い眠りから覚醒する気分は、結構、ごきげんです。そして、願わくば終末期には、睡眠導入剤と筋弛緩剤で安楽な死を向かえられるなら、それはそれで一つの選択であるような気もします。

終末期

ま、法律やら道義やら、残される人たちの問題やら様々あるのでしょうけれど。

病院選びのお話です。

自分のケースでは区の健康診断を近くの内科で受診していました。要は血圧だけなのですが4週28日きっちりで、再診するというパターンでした。

この、4週というのが結構負担で、もっと長くできないかと何回か相談しましたがだめでしたので、内科ではなく総合病院に変えました。

総合病院なのでCD、MRI、内視鏡、心臓エコー、胃カメラ等設備は一通り揃っています。

で、血圧だけなら7週から9週に1回程度の再診サイクルにしてもらえました。それだけではなく、眼科で初期の緑内障を見つけてもらえましたし、急速に白内障が進んで左目の視力が落ちているとのことで手術もしてもらいました。

また、年齢だからとのことで泌尿器科の受診を進められ前立腺肥大を見つけてもらい、その後、前立腺癌と膀胱癌を初期で見つけてもらい、膀胱癌はTUR-Bt、セカンドTUR-Btと手術をし、残るは前立腺癌だけという段取りに成りました。

すべて、初期の発見です。

これが、あのまま、近くの内科にかかっていたら、おそらく自覚症状がでるまで放置されていたと思います。

命

宗教を含め、病院選びも「生き方、死に方」の問題でしかないのですが、選べるならば総合病院にしたほうが無難だと思います。

キーワード