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血族は原理か

さぼ郎
パイプオルガン

池袋にある東京芸術劇場のパイプオルガンです。

N.de グリニ/グレゴリオ聖歌『全能の父なる神』によるミサ
(聖歌と交唱のオルガン・ミサ)

という演目を鑑賞に行ってきました。この、パイプオルガンへの照明が時間とともに変わるのでとてもきれいでした。

音楽は、純粋に宗教音楽で、左の3階にテノールのヒトがいて、声楽とオルガンが掛け合うような構成になっています。

オルガンは平井 靖子さんで、テノールが櫻田 亮さんでした。歌詞の内容は神が我々を正しい道に導いてくれるというありがた内容になっています。

時々表示される歌詞を読む限りでは、「」は戦前(といっても明治以降の)の「天皇」にも近似していると思いました。

伊藤博文は、明治21年6月18日に京都で以下のような憲法に関する演説をしているのだそうです。
「抑欧洲に於ては憲法政治の萌芽せる事千余年、独り人民の此制度に習熟せるのみならず、又た宗教なる者ありて之が機軸を為し、深く人心に浸潤して人心之に帰一せり。然るに我国に在ては宗教なる者其力微弱にして、一も国家の機軸たるべきものなし。
佛教は一たび隆盛の勢いを張り上下の人心を繋ぎたるも、今日に至ては已に衰替に傾きたり。神道は祖宗の遺訓に基き之を祖述すとは雖、宗教として人心を帰向せしむるの力に乏し。我国に在て機軸とすべきは独り皇室にあるのみ」
つまりは、西欧には宗教という「基軸」があるが、日本での宗教は「基軸」とは呼べない。我が国において「基軸」と言えるのは「皇室」だけだ というわけです。

大日本帝国憲法は1889年(明治22年)2月11日に公布、1890年(明治23年)11月29日に施行されています。

宗教が基軸で天皇が基軸なら、戦前の日本では「宗教=天皇」ということになりそうです。

神

トヨトミの野望」を読むと、豊臣統一こと豊田章男さんが登場してきて武田剛平こと奥田碩さんの意思、意向に対立してきます。それは豊臣新太郎こと豊田章一郎さんの「血族」という強い意志でもあるようです。

いくら、奥田さんがトヨタにとって必要で不可欠な人材であったとしても、血族ではないわけで、所詮、雇われ社長でしか無いわけです。

人物や能力という面において奥田さんは傑出しています。対する豊田章男さんレベルの人物なら、天下のトヨタには掃いて捨てるほどいそうですが、しかし、豊田佐吉さんの血を引いている人となると、豊田章男さん以外にはいないわけです。

かのトヨタのような規模の会社においても、トップが創業者一族であるか、否かがどれだけ社員にとって重要な要素なのか、一族ゆえに結束が高まるのかは、企業という「アイデンティティ」によるわけで、従属してみなければ分かりません。

しかし、トヨタの社員にとって豊田家という「血族」による「アイデンティティ」があるなら、おおかたの日本人における「天皇」が「アイデンティティ」であったとしても不思議はありません。

ちなみに「アイデンティティ」を日本語で平たく言うなら「同一性」あるいは「帰属」あたりと思います。

物事には、おおかた「理由」があります。それがそうであること、そうなること、そうならざるをえないとする理由があるのが世の常ですが、その理由が「原理」であることもあります。

つまり、「自明の真理」。

血族に対するアイデンティティ」なども、もしそれが本当にあることなら「自明の真理」であり「原理」ということになります。

北畠親房が「神皇正統記」で神武天皇から後醍醐天皇、及び後村上天皇に繋がる系統のみが正統であるとしたわけですが、実はそうならざるを得ないとする根拠があるわけではないそうです。

というのは、過去に兄弟が天皇になるというような事例は少なからずあり、天皇の系統が複数になることの原因は、幕府の介入ではなく、天皇の父たる上皇の意思であるわけです。

そのような仕組みを作ったのは白河天皇が上皇になって院政を敷いたことから始まっています。一般に日本の中世というと鎌倉時代と室町時代になりますが、専門家によれば白河天皇が院制を敷いた時からとするヒトもいます。

鳥羽上皇には崇徳、後白河、近衛と3人も息子が天皇になっています。後鳥羽上皇にも土御門、順徳と複数の天皇がいて、土御門の息子の後嵯峨にも後深草と亀山と二人の天皇がいて、そこから持明院統と大覚寺統という両統が並び立つことになるという時代になりました。

両統迭立は、別段、後深草と亀山の2人が並び立ったことが初めてのことではなく、むしろ、皇統を維持するための方策でもあったわけです。鎌倉幕府、室町幕府も、結構、両統迭立という約束を遵守しようとしています。

逆に後醍醐天皇は、自分の息子である後村上になる皇子を皇太子にしようとして、両統迭立の原則を破ろうとしているのは、北畠親房の考えでもるように、後醍醐天皇の系統をなんとしても一系にしようとしたことと思います。

実は明治22年に皇室典範ができるまでは、皇位という序列もさほどには真剣に考えられていなかったようです。
慶応3年10月、岩倉具視は、「王政復古議」に「皇家は連綿として万世一系礼学征伐朝廷より出で候」(原文カタカナ)と指摘した。これが「万世一系」の語の初出である
万世一系」という言葉も岩倉具視の考えによるもののようで、大日本帝国憲法にも第一条に「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と書かれています。

トヨタが雇われ社長よりも血族社長のほうが、社員の士気が上がり結果につながるとするなら「血族」は原理として有効であるわけです。

はたまた、奥田さんのような有能なヒトが社長をやるべきとする考えもあるわけですが、今度は「有能」を巡って熾烈な争いが起こるわけで、中国の「湯武放伐」のような王朝の争いになるわけで、結局、どちらも正しくもあり、正しくもないというのが正しいところのようです。

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