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あれこれ

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脱獄と脱走と逃走

さぼ郎
造船所

松山刑務所で受刑者が逃げています。開放処遇とかで、1961(昭和36)年に「塀のない刑務所」を作ったのだそうです。
2012年、交通事故の過失犯を除いた一般刑法犯の再犯率は45.3%。それに対して大井造船作業場では10年から15年の平均再犯率は2.2%と著しく低い。
とのことですが、それは模範囚を使っている事が大きく寄与していると思います。累犯の「太郎」でも、ここで働けば再犯率が下がるのかと言えば、決してそんなわけでは無いと思います。

そもそも、犯罪を犯して「懲役」とか「禁錮」とか、あるいは「死刑」が決まるわけですが、これは刑法によって決まっています。
(懲役)
第十二条 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上二十年以下とする。
2 懲役は、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる。
つまり、「懲役」とは「刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる」ことが目的となっています。つまりは塀があろうがなかろうが、そこが「刑事施設」であって、作業をさせられていれば「懲役」にはなるようです。

刑務所

拘禁」を調べてみると刑法には12ヶ所見つかります。
(逃走)
第九十七条 裁判の執行により拘禁された既決又は未決の者が逃走したときは、一年以下の懲役に処する。
97条にあるように「裁判の執行により拘禁」とあるように、「懲役」とは「拘禁」でもあるわけです。

面白いことに刑法に「刑事施設」は5回出てきますが、「刑務所」は1回も出てきません。
日本において自由刑に処せられた者、死刑確定者、勾留された被疑者・被告人を収容する施設をいう。旧監獄法令下にあっては、行刑施設(ぎょうけいしせつ)、監獄(かんごく)と呼称されていた。
監獄」は、「監獄法」による「刑事施設」の呼称だったようですが、監獄法が平成26年から「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」という長い名前に変わって「刑事施設」を「刑務所」と呼ぶのかと思いきや、やはり「刑事施設」のママでした。

ちなみに、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」という法律の中で「刑事施設」は456回も登場します。

だったら「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」なんて法律の名前ではなく「刑事施設法」とかにすれば良さそうなものですが、なにか理由があるんでしょうね。

監獄」という言葉はなくなりましたが、「懲役」はまだ現役で使われています。刑法の中で220回も使われています。「役をもって懲らしめる」なんて、なんとなく明治臭い感じがします。これとて「自由刑何年」とすれば、現代風にマッチできそうです。

つまり、監獄法を辞めるタイミングで、「監獄」を「刑務所」にして、「懲役」を「自由刑」にすればいいのにと思うものの、「禁錮」も自由刑ですから、「強制労働」が明確ではなくなります。

そこで「懲役」を調べてみると、明治4年に「懲役法」ができ、明治13年の刑法において、「徒刑を執行する場所である徒場を懲役場」としたようです。ということは、「懲役」の原型は「徒刑」にあるわけです。

この「徒刑」の歴史はかなり古くて、中国が元祖になります。

笞刑(ちけい・むち打ち)
杖刑(じょうけい・つえ打ち)
徒刑(ずけい・強制労働)
流刑(るけい・島流し)
死刑(しけい・死刑)

だったところ、日本では「犯罪」と「刑罰」は表裏を為していたため、天武天皇の時代に、

笞罪
杖罪
徒罪
流罪
死罪

となったようです。この「徒刑」が自由刑で、676年から文字として記録されているようです。これが「五罪」で、後に中国と同じく「五刑」となるのだそうです。

むち打ち

監獄」から「刑事施設」になるようですが、不思議なことに子供でも知っている「刑務所」は「刑法」にも刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」にも使われていません。

それを調べてみると大正11年10月、監獄官制の全面改正が行なわれ「監獄の名称を刑務所と改めた」とあります。

看守」を調べてみると、
明治12年4月、徒刑、流刑、終身懲役などの罪囚を収容するため、内務省直轄の集治監が置かれ、・・・内務省に監獄局を起き・・・明治14年3月に監職制および府県職制を定め、集治監および監獄に、典獄、副典獄、書記、看守長、看守をおいた。
とありました。いまでは「刑務官」と呼ぶようですが、刑務官の階級として「看守長」「看守」は現在でも残っています。

ということで、本題にやっと戻りまして、「監獄」の時代は、監獄から逃げれば「脱獄」「破獄」でしたが、刑法では「逃走」が18ヶ所に書かれています。

刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」では「逃走」が18ヶ所書かれていますが、脱獄は見つかりませんでした。

メディアでは「脱走」と書かれているようでもあります。

結論から言えば、すべての用語が「明治」時代のほうが適確にイメージできますが、昨今の法律では、なんだか直感的イメージに乏しい気がします。

政治家

官僚の教養として漢文の素養がなくなっていることも大きく影響している気がします。政治家に忖度ばかりして教養のレベルが下がっているのかも知れませんね。

政治家はそもそも低レベルな職業となってしまっているので、せめて官僚に頑張ってもらわないととは思うものの、保守系政治家と官僚がタッグを組むと、とどのつまりは安倍政権と内閣府になってしまうのが宿命のようです。

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