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歴史的

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大鏡 序《2》

さぼ郎
かくて講師待つ程に、我も人も久しうつれづれなるに、この翁どものいふやう、
久しうつれづれなる:長いことすることもなく
世継「いで、さうざうしきに、いざたまへ。昔物語して、このおはさふ人人に、さは古の世はかくこそありけれと、聞かせたてまつらむ」
といふめれば、
さうざうしき:物足りない、手持ちぶさた
いざたまへ:いっちょ、やりましょうか
おはさふ:いらっしゃる
繁樹しかしか、いと興あることなり。いで、覚えたまへ。時々さるべきことまじらへしける覚えはべらむかし
しかしか:そうそう
覚えたまへ:思い出しなさい
さるべきこと:然るべきこと、つまり、知っていること
まじらへしける:口を挟む
覚えはべらむかし:記憶次第です
といひて、言はむ、言はむと思へる気色ども、何時しか聞かまほしく、奥ゆかしき心ちするに、そこらの人多かりしかど、物はかばかしき耳とどむるもあらめど、人目にあらはれて、この侍ぞよく聞かむと、あど打つめりし。
奥ゆかしき:待ち遠しい
あど:相槌
世継がいふやう、
世継「世はいかに興あるものぞや。さりとも、翁こそ、少々の事は覚えはべらめ。昔、さかしきみかどの御政の折は、『国の内に年老いたる翁、女やある』と、召し尋ねて、古のおきての有様を問はせたまひてこそ、奏する事を聞し召しあはせて、世の政は行はしめたまひけれ。されば、老いたるは、いとかしこき者にはべり。若き人達、なあなづり給ひそ」
とて、黒柿の骨九つあるに、黄なる紙張りたる扇をさしかくして気色だち笑ふ程も、さすがにをかし。
さかしきみかど:優れた天皇
かしこき者:尊い者
あなずり:あなどる
扇をさしかくして:扇で顔を隠して
気色だち:きどって
世継「まめやかに世継が申さむと思ふ事は、ことごとかは。ただ今の入道殿下の御有様の、世にすぐれておはしますことを、道俗男女の御前にて申さむと思ふが、いと事多くなりて、数多の帝王、后、また大臣、公卿の御上をつづくべきなり。
ことごと:すべて残らず
ただ今の入道殿下:藤原道長
道俗男女:出家のかた、在俗のかた、男も女も
その中にさいはひ人におはします、この御有様申さむと思ふほどに、世の中の事のかくれなくあらはるべきなり。つてに承はれば法華経一部を説きたてまつらむとてこそ、まづ余経をば説きたまひけれ。それを名づけて五時教とはいふにこそはあなれ。しかの如くに、入道殿の御栄えを申さむと思ふ程に、余経の説かるるといひつべし」
さいわひ人:なかでも幸運な人
つてに承はれば:伝え聞くところによれば
余経:法華経以外のお経
五時経:釈迦一代50年間を五期に分けた経のこと
華厳経、阿含経、般若経、法華経、涅槃経
などいふも、わざわざしくことごとしう聞ゆれど、「いでや、さりとも、なにばかりの事をか」と思ふに、いみじうこそ言ひ続けはべりしか。
わざわざしく:わざとらしく
ことことしう:大袈裟に
いみじう:すばらしい
世継「世間の摂政、関白と申し、大臣、公卿と聞ゆる、いにしへ今の、皆この入道殿の御有様のやうにこそはおはしますらめとぞ、今やうの乳児どもは思ふらむかし。されども、それさもあらぬことなり。言ひもていけば、同じ種一つすぢにぞあれど、門わかれぬれば、人々の御心もちゐも、又それに従ひて、ことごとになりぬ。
いにしへ今:古今の
今ようの乳児ども:今どきの若者
それさも:そんなことでも
門わかれぬれば:藤原は南家、北家、式家、京家の四家に別れた
ことごと:別々
この世始まりて後、みかどはまづ神の世七代をおきたてまつりて、神武天皇をはじめたてまつりて、当代まで六十八代にぞならせたまひにける。
当代:後一条天皇
すべて、神武天皇をはじめたてまつりて、つぎつぎのみかどの御次第を覚え申すべきなり。しかりといへども、それはいと聞き耳遠ければ、ただ近き程より申さむと思ふにはべり。
聞き耳遠ければ:聞く方にも遠大すぎて
文徳天皇と申すみかどおはしましき。そのみかどよりこなた、今のみかど(後一条)まで、十四代にぞならせたまひにける。世を数へはべれば、そのみかど位につかせたまふ嘉祥三年庚午の年より、今年まで一百七十六年ばかりにやなりぬらむ。かけまくもかしこき君の御名を申すは、かたじけなくさぶらへども」
嘉祥三年庚午:850年
今まで一百七十六年:萬寿2年(1025)
とて、いひ続けはべりし。

次からは、文徳天皇に始まり後一条天皇までの天皇記が続き、その後に藤原氏は冬嗣から道長までを語る。

現在(といっても1025年当時)、かくも栄華を極めている藤原道長の権力の背景を語るという物語の構成となっている。

藤原道長を語るためには文徳天皇から始めなければならなかった理由もいずれわかってくる仕組みになっているとのこと。

テレワークだとか、クラウドだとか、ビッグデータだとか、AIだとかには方向性に一貫性を感じるものの、そこにかかわる人間を均一化し過少化していく気がしています。

人間として生まれた以上、生きる価値は「喜び」でしかありません。たしかに、吉本のオカムラのように、生活に困窮した「イイ女」が風俗に落ちてくるのを無常の喜びとするのも「喜び」でしょうから、「喜び」の質や次元をとやかく言う気はありません。

藤原道長の人となりをなぞるのも、「イイ女」目当てに風俗に通うのも「喜び」の価値は、それぞれの人にとっては変わりません。テレワークで効率を上げられれば経営者や株主には「喜び」を提供できます。

平安時代の日本人のマインドを紐解くことのわずかな違いは、そこに「イニシエの日本」があることぐらいです。

テレワークもクラウドもビッグデータもいいのですが、いまさら何をしたところで西洋人のものの考え方、価値観にはなれません。

GAFA+M(icrosoft)の時価総額が日本の東証1部上場の2,170社の合計時価総額を上回ってしまった。

MMTだろうが、ベーシックインカムだろうが金がなければ、誰が考えたって破綻するのに決まっている。日本の財政を健全化するために必要なことは増税ではなく「経済成長」か、金の鉱脈(石油はCO2を出すからダメ)でも掘り当てるしかありません。

富士通の富岳が勝ったように、日本人として世界に勝てるものをどのように発掘し育てるかを見据えた政策が必要と思いますが、内閣が今のようなままならば、まずは、電通かリクルートかパソナにでも相談するのがよさそうです。

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