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組織文書

さぼ郎
組織文書」としてインターネットで検索して見ると、「5,160万件」ヒットします。しかし、どうも「組織」と「文書」としての検索結果のようです。

そこで、ダブルコーテーションでくくってみると「2,690件」になりますが、そのトップ1ページを見てみても、記事内に「組織文書」があったのは1件のみで、それも「メール」が重要な組織文書であるという記事でした。

行政に限らず、企業においても、その職員(従業員)が就業時間中に作成する文書は「組織文書」であるのは当然のことと思います。

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最近名刺交換すると、やたらと部署名や肩書が長いことで驚いてしまうことがあります。かつての日本では、
平城京に都が遷されて間もない和銅6(713)年、律令政府は各国に以下のようなお触れを出した。
「諸国の郡名、里名を、好い字の二文字に改めて定着させよ」
これが、「好字二字化令」と呼ばれるものだ。
という具合で、「鹿児島」などが例外で、ほとんどが漢字2文字になっている。これは、「唐」の真似をしたということでもあるけれど、行政の効率化を諮ったという方が、きっと真実に近いと考えられます。

長い部門名とか肩書は、愚かな判断だとしか言いようがありません。そういえば、昔のことですが何かの勉強会に行ったとき、その講師がいうには、「最近の大学には怪しい学部が増えている。旧来から正当な学部名は漢字一文字だ」と一行っていました。

「法]「医」「工」「理」「薬」「農」。たまに「文学」とか「経済」なんてのがありますが、最近の学部名にはカタカナなどが縦横無尽に使われているのも散見されます。

どうように、企業の部門名がやたらと長いことは、命名する権力者の「漢字能力が低い」のか「組織の何たるかが見えていない」のか、その両方なのだと想います。

江戸時代から明治になって早々の頃の知識人には、漢文の素養は常識だったようです。漢文の力があればこそ、外来する単語の洪水に対しても「造語」で対処できたわけです。

文化、文明、民族、思想、法律、経済、資本、階級、警察、分配、宗教、哲学、理性、感性、意識、主観、客観、科学、物理、化学、分子、原子、質量、固体、時間、空間、理論、文学、電話、美術、喜劇、悲劇などなど。

いまの時代では、そのような言語能力などの持ち合わせもなく、外来語をひたすらカタカナにするのが精一杯のようです。

ところで、本題の「組織文書」ですが、どんなに大きな組織でも「部」「課」「係」の3階層で、概ね機能するのではないかと思います。軍隊で言えば「将官」「佐官」「尉官」の下に下士官が来るようなイメージです。

組織には当然ことながら役割があります。最近のドラマで話題になっている「経理課」も「経理部」か「総務部」のは以下にあって、課員がいれば概ね課長がいて係長がいることが多いように思います。

組織規定では「係」までを規定していないケースもあろうかと思いますが、組織文書という観点から考えると「係」はあるべきで、その係がになう役割を「分掌」として捉えれば、組織文書の管理はスッキリしてきます。

インターネットで「分掌」を調べてみると、
「職務分掌」とは、組織においてそれぞれの職務が果たすべき責任(職責)や職責を果たす上で必要な権限(職権)を明確にするために、職務ごとの役割を整理・配分することです。多くの企業・組織では、個別の部門・部署や役職、あるいは特定の担当者について、それぞれの仕事の内容や権限・責任の範囲などを定義し、明文化しています。この文書を「職務分掌規定」「職務分掌表」などと呼びます。
ファイリングでよく言われる「ツミアゲ」などで抽象化作業を経て分類することに比べれば、実に客観的で、かつ、誰でもが同じ分類が出来るという最大級の利点があります。

ファイリングでの分類は、原点に立ち返れば広大なアメリカでまず、地域が考えられます。「州」があって、「市」がある。そこに顧客名をファミリーネームで並ぶようなファイリングしていくような、そのような分類が「ファイリング」の真骨頂だったはずです。

つまりは、ごく単純で明快な「ワリツケ」です。これなら破綻はしませんが、文書ファイルタイトルから小分類し、それらを集めて中分類、大分類をするなどということは、まさに時間とともに「破綻」することを絵に書いたような分類法だと言えます。

100年前のアメリカで、ファイリングという什器と手法が考え出された直後に「レコードマネジメント」という考え方が発生する。その背景としては1934年(昭和9年)に米国国立公文書館が創設され、「レコードマネジメント」が理念だけではなく実務として機能しなければならなくなった事が大きい要素となったようです。

当初は、図書館での分類手法でファイリングを進めていたようですが、徐々にそぐわなくなり、秘書学校や商業学校で扱うようになっていったようです。

いわば歴史が違うということと、官僚の優秀な頭を使って、頭脳があまり明晰でもない政治家のしでかす不始末をひたすら隠そうとする「不正義」が横行する行政体質では、なにがが違うような気がします。

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この図は、「国境なき記者団」という団体による報道の自由度の世界ランキングです。日本は72位から5位上がって67位になりましたが、世界の67位の自由度しかないと言うのは、報道に統制がかかっているということで、いわば「大本営発表」を未だに続けている代わりに軽減税率を8%にしてもらっているというあからさまな姿を露見しています。

しかし、組織には「組織知能」という言われる、組織ゆえんの問題解決法が、所属する人間の人為を超えて存在するというような仮設があります。
情報技術の進歩と絶えざる組織革新を前提とする経営環境における経営組織パラダイムとして、松田武彦によって1987年に提案されたものである. 組織での経営情報の位置付けと情報技術と一体化した組織・経営システムを意識し、組織における認知、学習、記憶、推論、伝達といった知的活動全体を包含することで、意思決定パラダイムに比して、問題発見や問題設定に至る過程と、人間知と機械知の協調による組織問題処理能力、知価創造力を重視している。
この「組織知能」において、適正な「文書管理」は重要な役割を持っていると革新しています。

だって、1回、読んだだけですべてを理解し習得できるなんて考えられません。それこそ「ツミアゲ」られた過去の文献を何回も読むことで、その組織ならではの解決法にたどり着けるのではないでしょうか。

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