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節分

さぼ郎
本日は「2020年2月2日」です。あと、202年すると「2222年2月2日」となりますが、だからといって単なる数字合わせみたいなものでどうということは有りませんし、その日に生きていられるわけでも有りません。

かといって「1111年11月11日」に何が起きたというわけでもなさそうです。ちなみに天皇は鳥羽天皇で白河法皇が実権を握っていた時代です。最近では白河天皇が法皇になった辺りから「中世」というらしいです。

節分とは、
各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。節分とは「季節を分ける」ことも意味している。江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多い。
浅草寺の説明では、
立春は旧暦の正月元旦と日が近いため、江戸時代以降は、新年を祝うとともに厄払いを行なう特別な日として、立春の前日が「節分」として定着していった。
と説明されている。なお、「この節分の行事を江戸で大々的に行なったのは浅草寺が最初である」とのこと。

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成田山では、市川海老蔵ほか、「麒麟が来る」の長谷川博己、門脇 麦、木村文乃、堺 正章、本木雅弘らと、白鵬、髙安、御嶽海、遠藤、隠岐の海などが来て豆をまくとのこと。

浅草寺も負けてはいられないところだけれど、果たして誰が来るのやら。

武士の家計簿」という新書が、2010年9月時点で20万部も売れたとのこと。その中で、旧暦から新暦に変わる時点で、江戸時代を生きてきた人たちに大きな困惑が合った場面が描かれています。

暦に関連する行事にの殆どは、旧暦と関連しています。旧暦の2月3日というと、今年は2月26日です。そして1月1日が、1月25日だったようです。

五月晴れ」なども同様で梅雨の間の晴れ間のことを言っていたとのことです。

暦は新暦になったのに、旧暦の名残りが残っているというのも、面白い現象です。

旧暦2月4日に立春になる、その前日が「節分」だそうで、立春から立夏の前日までが「」。英語で言えば「スプリング ハズ カム」という段取りです。

新暦で言うなら「2月25日」から「5月24日」までが春になります。立春過ぎて春分までに吹く南風を「春一番」というのだそうですが、これらも全て新暦で言うようです。

尺貫法を使うと違法になるようですが、旧暦は取り立てて違法にはならないようです。

いっとき、コンビニで「恵方巻」が流行りましたが、そもそもは大阪の海苔問屋が始めたとか、鮨商組合があh時メタと名諸説がありますが、定説はないようです。これも節分に特定の方角を見ながら太巻き寿司を黙って食べるのだそうで、いまでも何れかの地方ではやっているのでしょうか?

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大量廃棄が社会問題となり、いまでは受注生産になりました。

一方、バレンタインデーのチョコレートは、しっかり定着しました。
元々269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日
だそうで、一節ではメリーチョコレートが流行らせたという話もありますが、これは商業的にうまくいっています。

枕草子」にも、「節は5月にしく月はなし」とあり、菖蒲やヨモギの香りがするのが「いとおかし」と書かれています。5月4日の夕方になると青草を男たちが担いで道をゆくのを見ると「明日は節句だな」と感じたようですが、そもそもは宮中行事が民間の風習に溶けあったようで、すでに西暦の1000年頃には民間にも定着していたことが面白いです。

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豆は年の数に一つ足して食べるのだそうですが、ドンブリ1杯になりそうなのでやめておきます。

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