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をちこち

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看板

さぼ郎
看板」といえば、即座に出てくる言葉は「偽り」でしょうか。

池波正太郎の小説にも「看板」というのがありまして、それはそれで、とても感動するお話ですが、そちらは以前に書いた記事でも参考にしてみてください。

看板
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で、きょうは吉野家の牛丼ではなく、この時期恒例の「鰻」です。昨日(2017年7月8日)、知人たちと新宿へ芝居を見に行きました。お昼に吉野家で鰻を食べることを提案し、みんなの反対を押し切って決行しました。

店頭の看板では、こんな感じの「1枚盛り」と書かれています。

鰻
矢印
実際は、、、。
鰻

「う~~~ん」。「一枚盛り」というのを忘れたかと思いましたが、肝吸い付きで860円でしたので、とりあえずは食べました。



次の看板は「docomo」。

ドコモ

月々、800円とは、どういうことかを聞きに行きましたら、まず、有り余るほどの通信量(例えば20ギガとか)を契約している家族がいなければなりません。知り合いとか友人でシェアするのではダメなんだそうです。

で、この800円に、電話代が乗ります。かけ放題なら、プラス2,700円。1通話5分以内なら1,700円がかかります。

家族に有り余るほどの通信量を持っているのがいなければ、独自に通信量の契約が必要になります。5Gで3,500円。

これで、6,000円

これに機械代が入ります。家族に大量のギガを契約してもらって、それをシェアすれば、少しは安くなるかもしれませんが、独自に契約するなら800円では無理そうです。



銚子

お次は銚子です。かつては銚子と言えば犬吠埼でしたが、最近では「加計学園」。

加計学園

萩生田官房副長官が名誉教授に成られている千葉科学大学の薬学部の薬剤師国家試験の合格率だそうです。

年はおそらく受験した年のことと思います。2011年+6年ですから、今年の合格率は受験数に比べれば85.7%で凄いですが、定員からすればわずか20%ですし、凄いのは実際に生徒になった数は定員120名のところ77名ですから、全入状態ですし、それでも採算は合うのかが心配です。

加計学園が損してまで大学をやるはずはないでしょうから、自治体の負担になっているとするなら、地域住人の負担は大変ではないでしょうか。

これから今治が同じようなことになりますが、結果が出るのは7年後ですから、その頃には萩生田含め、内閣府で江戸時代の悪代官のような悪徳の限りを尽くした連中は、大出世していてこの世の春を謳歌していることでしょう。

「1人殺せば殺人罪、大量に殺せば英雄」と叫ぶのはチャップリンですが、政治もでかい悪徳は、岩盤規制に風穴を開けたとウソぶけるようです。

チャップリン
wiki「チャップリン」にリンク ↑

面白いもので、権力は必ず!腐敗します。お金以上に魂をムシバミますが、そもそも徳のない人間においては、ムシバマれる善良なる部分が希薄なのだから、悪徳が濃くなるだけです。

だから、平然としていられるようです。こういう人たちの手によって日本国憲法が変えられるということは、日本の形を変えてしまうことであって、決していい方向に向かわないことは、根拠はないけれど「断言」出来ます。

愚かな人間は、自分の愚かさに気づかない人だと思います。安倍さんや、内閣府というところで高笑いしながら国民を愚弄している人々も、己の愚かさに気がついていないのでしょう。

そもそも、大方の人間は、愚か故に権力を志向するのだと思います。権力で自分が醜く歪むことを察知でき、忌避する人々は、決して権力を志向しないと思うので、立候補し嘘八百申し立てて、金づくしで国会議員になることが嬉しい連中が、政治をするなんて、民主主義はスタートから破綻している制度だと思います。

日本に科挙がなかったのも、「藤原」という家柄の利権を守るためでは有りましたが、厳然と世襲していたのは上層部だけであって、参議以下の下級貴族の実務能力を重用する仕組みがあったからこそ、なんとか格好がついたのではないでしょうか。

明治維新という変革において中級(下層)実務階級が台頭し、世のなかの仕組みを刷新したのは良かったとしても、結局は成り上がりのサガで権力によって醜くゆがんでしまった人々も少なくありませんでしたし、古代から継承してきた文化のかなりを失うこととなりました。

しかし、いかに重用されたとしても階級は世襲できなかったわけで、どちらが世のための仕組みであるのかは、一概に結論が出せません。

逆に最も悪いパターンは、権力の世襲です。政治家が世襲する職業になっていることに、日本の政治の退廃が始まっています。

才能は世襲させることが出来ないことを、日本の貴族は古代から知っていたわけで、才能とは別の世界に天皇を置いたから、世襲してこれたわけです。



今日は、「四万六千日」とかで、浅草寺では「ほおずき市」をやっています。

ヤマト

朝からクロネコヤマトが三社の境内で作戦会議をしています。「ほおずき」の地方発送は1,000円です。ほおずき自体は2,500円。

四万六千日

この日にお参りすると四万六千日のゴリヤクがあります。126年分ですので余ってしまいますね。

ほおずき

おまけに夕焼け。

ゆうやけ

デッカなウンコが真っ赤に燃えていて、スカイツリーが、そのウンコを串刺しにしています。

のぞき
レンズ越しに見たアサヒビール本社群

ゆうひ
アサヒビールの建物に映った夕日

虹
その隣に出た虹

あじさい
あじさいに日が指していた



おまけ

ベローチェの「マンゴーラッシー」300円を頼みました。

マンゴーラッシー

北海道のヨーグルトとマンゴープリンだそうです。

出てきたのは、こちら。

マンゴーラッシー

と言っても写真取る前に随分飲んじゃいました。が、氷が入っていてなんともしようがないくらいに「食べにくい」「飲みにくい」代物で、商品開発としては失敗作と思います。

マンゴーラッシー

ストーローが付くだけで、お匙を要求して氷を除いたら、いくらも中身がありませんでした。もう一度頼んで、手を付ける前に氷を取り除いて300円の中身をあからさまにしてみようかと思います。



まとめ

鰻といい、スマホといい、加計学園といい、マンゴーラッシーといい、みんなお金を稼ぐ手段ですね。商人は顧客満足よりも自分の儲けが優先し、政治家は権力を使って悪徳の限りを尽くしているのも、欲望に麻痺してしまっているのでしょう。

人生、手にできるものには限りがあります。欲を募らせれば、手にするものを多くしたがるわけで、逆に欲を小さくすることができれば、手にするものも小さくて済みます。

労力に対するパフォーマンスを考えると、欲を小さくすることにささやかな能力を使うほうが、楽に死ねるような気がしています。

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