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ジョブ理論《5》

無知覚

さぼ郎
ジョブ理論」という本を4月からまるまる2ヶ月借りています。無意味に分厚い本なのですが、2ヶ月も借りていたので全部読めました。

なんで2ヶ月も借りているのかと云うと、実はまだ借りているのですが、図書館が閉館しているからです。

この分厚い本の中で冗長な説明がたくさん出てきます。日本学者なら、新書サイズにうまくまとめることができると思うのですが、アメリカには「新書」のような本の企画ができないからだと思います。

その冗長な本の中で「雇用」という言葉が出てきます。ジョブに対して、それを解決することを「プログレス=進歩」といい、進歩するための問題解決策を「雇用」すると云うような表現を使います。

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それが考え方であったり、装置であったりするわけですので、さすがに「雇用」という言葉には抵抗があります。

アメリカには文盲が未だにいるからなのか、あえて、ああいう風な比喩的な言い回しをしているのか、翻訳する人がクリステンセンの言い回しがわからなくて、勝手に意訳しているのかは分かりませんが、かえって、意味が通じなくて困ってしまいます。

同様に「無消費」という言葉が出てきます。これはどういう場面で使われているかと云うと、本来ならとても困るので何らかの解決法を考えるか、そうしたツールを導入するはずの所、何も考えずに(気づくこともなく)従来どおりのやり方で仕事をしているような状況のことを「無消費」といっています。

例えば銀行でお札や硬貨を数える場面で、人手で「1枚、2枚...」と数えるか、枚数を数える機械を導入するかですが、そうした機会があることに希求がなければ、その機械に対して「無消費」な状態が継続されるわけです。

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クリステンセンは、この「無消費」状態は大きな市場だといいますが、もう少し直感的な言いまわしと具体的な例示が欲しいところです。

効率と可能率とかを考えない場面では、きっとよくあることなのだと思うのですが、いかんせん「無消費」という言葉では、本を読んでいない人には伝わりません。

ワタシは「無知覚」「無認知」のような言い方のほうが伝わる気がしています。

実は無知覚」「無認知」って、自分においても少なからずあります。

本の中で紹介されていたケースでは、例えば大人用のオムツでは、買うのに抵抗があるのだそうです。売る方はお客の顔など覚えていないのですが、買う方の心には自分に対する抵抗があるわけです。

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メーカーが無知覚」「無認知」だと、子供用のオムツを大きくするだけで売ろうと考えるわけですが、買う人の心に抵抗があるならば、その抵抗を取り除くような商品を開発すれば、少しくらい高くても売れるはずですし、他のオムツメーカーに対して競争優位に立てるわけです。

無知覚」「無認知」は言葉にもあるので、思いもせずに相手を傷つけていたりすることなども結構あります。

逆を言えば、無知覚」「無認知」を掘り起こせれば、商機に繋げられることも少なくはありません。自分が常に相手の立場で考えることからイノベーションを起こせるという視点を持つことが必要です。

クリステンセンは、自分が当事者の視点を持つことからイノベーションが起きるといっています。

どうしてもプロバイダーの習性として、顧客が「買う」事を重視してしまいますが、顧客が「使う」時を軽視してはいけないということ。ここを重点的に掘り下げることで、より良いものにしていくことができるわけです。

一般に、無知覚」「無認知」に対して、良かれと思って何かを提供したり、やり方を変えるように提案したとしても、壁が立ちふさがります。

それは、
現行の習慣を変えたくない
慣れているやり方がいい
変化は嫌だ
何かを変えるのは単に億劫

という抵抗は、よくあることです。

この抵抗を緩和する策を用意しておくことで浸透度を増すことが庵が得られますが、妥協の度合いがすぎるとかえって混乱して浸透しないこととなり、状況と抵抗に応じたバランスが必要となります。

強権と懐柔

これって、人間性に起因するので、簡単な話ではありませんが、改革や改善をするにあたって不可欠な要素はトップダウンであるべきことなのだと思います。

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