PAGE TOP

をちこち

印刷する

蛮社の獄と渡辺崋山

さぼ郎
天保10年(1839)、2020年からすればおよそ180年ほど前に起きた言論弾圧事件のことです。

このことで、高野長英や渡辺崋山が連座して死ぬこととなります。そして、弾圧する側で活躍したのが鳥居耀蔵です。

蕃社として連座した人々の主たる罪は、幕府を批判したことになります。

批判の対象としては、日本人の漂流民を救済し日本に届けようとしたモリソン号を打ち払ったことを批判したこと。当時、無人島であった小笠原をイギリスが領有しようとしたことに対して、日本が占拠することが海防上重要であると主張し測量しようとしたこと。

国学の徒(いまでいう国粋主義、俗に言えば右翼)は、蘭学を学ぶ同好の集まりを「蛮社」と称して対立していた。

なかでも、鳥居耀蔵は浦賀の江戸湾巡視で、江川英龍と対立し、その江川は、渡辺崋山を頼り、結果として江戸湾測量は江川グループの測量が正鵠を得ており、旧守派は開明派を憎む一因となった。

物語としては、この1件を恨んだ鳥居耀蔵が事件を捏造して、思想的には旧守的であった水野忠邦を巻き込んで、一気に蘭学を弾圧する流れになるが、実際には江川と鳥居は、そのような対立関係ではなく、結構、仲も良かったという説もあるようです。

江川は海防に積極的であり、鳥居は消極的であった。その江川に華山は海防論者として接近し高官である江川に対して開国論を啓蒙しようとしたというのが事実に近いらしい。

では、渡辺崋山とは、どのような人であったのかというと、田原藩の家老として活躍した人。家老になる前に、藩財政が逼迫して禄を減じられ生活のために得意の絵を売って生活の足しにしていたことから谷文晁に繋がり、その谷文晁から知識人へと人脈が広がっていったようです。

img01

高野長英は、シーボルトのところで学び、塾長となる人で、江戸で蘭学塾を開いていた。その時期に渡辺崋山と知り合い、田原藩のお雇い蘭学者として藩政改革や蘭学書の翻訳(ピタゴラスからガリレオ・ガリレイ、近代のジョン・ロックに携わる。

img02

高野長英の基本的な考えとしては、イギリスは北海道よりも北にあり、人口もさほど多くはないのにあれだけ栄えている原因を考え、行き着いたのは「栄達の君」と「国民の勤勉」と考えたようです。

「栄達の君」というのは抽象論で、どの将軍がどうこうというのではなく、政治の制度、仕組みのこと。

高野長英は、その考えを更に先に進めると、世界の変動に対して当時の幕藩体制では対応することができないという認識に至っていたようで、そのことは渡辺崋山も似た認識でいたようです。

「蛮社の獄」は鳥居耀蔵と、そのスパイがでっち上げた事件でしたが、渡辺崋山は在所蟄居として田原藩に送られて謹慎生活を送っており、貧窮した生活を支えるために再び絵を描いて売ることで生活の足しにしていたが、藩の反華山派の策動で幕府から蟄居中の絵の頒布が問題視されると、藩主に迷惑をかけられないとして「不忠不幸」と書き残して切腹して果てています。

天保12年(1841)自刃。享年49歳。

遺書に「數年之後一變も仕候はゞ可悲人も可有」という部分があります。「数年の後の一変」とは、大政奉還であり、明治維新のことになります。

彼の死から、わずか27年後のことです。華山には「一変」が起きることが予想できていたことになります。

翻って、いまの長期安定政権を標榜する安倍政権。腐敗と堕落は目を覆うばかりとなっています。

知能を偏重するわけではないけれど、少なくとも知能指数的には官僚の知能には足元にも及ばない安倍晋三が、そのコンプレックスから劣悪なモリカケやサクラを引き起こすのか、はたまた、それ自体を劣悪とすら認識できないほどに劣悪な知能と正義感の持ち主なのかはわかりません。

同時に、知能指数だけをヨスガとしている官僚も同罪で、優秀な頭脳と劣悪な正義感で国家の運営に携わっていることは、太平洋戦争時の軍人や官僚の思考形態に近似しているように思えます。

内閣に巣食う政治家と官僚の是非を問い糺す政治が行われる世の中になるためには「一変」が不可欠のような気がしています。

水野忠邦の前の老中であった松平定信の藩政改革は「白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき」などと揶揄されていますが、あまりに長く濁り水に浸かっていることで、いまさら清き水では生息できなくなってしまっているように思います。

IRによる疑獄などは氷山の一角で、合法であれ非合法であれ、どれだけの腐敗や堕落が横行しているのかはわからないぐらいになっているように思います。

桜を見る会の前夜祭で、1枚も領収書が見つかっておらず、中には会費を払っていない人もいたという証言も出てきています。そこから類推するに官房機密費から支払われていたとする説も出だしています。

img03

これは領収書無しで毎月1億円使える内閣のお小遣いですから、ない話でもなさそうです。

しかし、事の真相としては、これらを招いているのも国民の民度であるわけです。

前日の掲載した「One moment in taime」でも触れているように、芸能ですら本物を思考しない民度なわけで、まして政治家や官僚やメディアのありかたに「本物」を思考しない民度が、今の日本の現状を示しているのが真実なわけです。

世界は大きく変化している。民意による独裁政治の打破が大きなうねりとなっているわけですが、そんなことより芸能人のスキャンダルや嵐の解散のほうが重大なニュースとなる風土になってしまっていることから変えていかなければ「一変」は起きそうもありません。

天皇も代わったことでもあり、そろそろ、この濁り水に嫌気する動きから「一変」の兆しが出てくる頃合いなのかもしれませんね。

キーワード