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をちこち

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沖縄方面は旧石器時代の人骨の宝庫

さぼ郎
沖縄県は、旧石器時代の人骨の宝庫だそうだ。
1万6千年以上前の旧石器時代の人骨が10カ所の遺跡で見つかっている。全国では、旧石器時代の遺跡が1万カ所以上あるにもかかわらず、沖縄以外で人骨が発見されているのは静岡県浜松市の浜北人(約1万4千~1万8千年前)だけとされる。
人骨が残る条件として「土」の成分が重要なのは、分かるとしても、沖縄県方面だけが、条件にかなっているというのが凄いものだと感心します。

石垣島

白保

白保竿根田原洞穴遺跡は石垣島の空港予定地から2007年に発見されたのだそうです。日本で初めて旧石器時代の墓地と確認された同遺跡で見つかった「4号人骨」は、身長が165センチと、当時とすれば結構大柄の人骨で、墓地であったことが推測されています。

そもそも「旧石器時代」という呼称は、「かなり昔」問い程度の認識はありますが、それ以上の知識はないので、ちょっとだけ調べてみました。

旧石器時代前期(400万〜20万年前)12万5千人
旧石器時代中期(20万〜4万年前)100〜120万人
旧石器時代後期(4万〜1万3千年前)220〜300万人

日本では、縄文時代より前の時代を先土器時代、または無土器時代と呼んでおり、土器時代以前には人が住んでいなかったと思われていた所、昭和24年に関東ローム層から旧石器が見つかり、それ以降、旧石器後期の遺跡が4千ほど見つかっているのだそうです。

その殆どが、約3万年前から1.2万年前の遺跡だそうで、沖縄県方面の遺跡も、概ね、その頃の人骨のようです。

人骨
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県教委は「遺体を地下に埋めず地上の狭い岩陰に安置する風葬に近い様式だったと考えられる」
とのことで、当時は風葬だったことを想定しているようです。

DNAの分類では「ハプログループM7a (mtDNA)」というグループだそうで、約2万5000年前に「現在のタイあたり」で誕生し北上して日本列島に到達した系統のようです。

日本人の約7.6%がこの型に属し、沖縄(23%)、本州(7%)の他、北海道アイヌ(16%)という分布だそうです。

つまり、日本にヒトが住みだすのが3~5万年前あたりで、日本人の8%弱のヒトが「タイ」で分岐した人々の末裔ということになります。

日本は地図で見る限りでは、小さい国ということになっています。家も世界の人々の住居に比べると「ウサギ小屋」などと言われているようです。

うさぎ

しかし、歩いて青森に行くとか下関に行くとなると、決して狭い国土だとは思えません。逆に中国やアメリカの国土が、人間という大きさからして必要以上に広すぎるような気がします。

かつての人々が、どのような言語でコミュニケーションを取っていたのかは、文字がないのですから記録もないわけで、想像すらできませんが、墓地があったり土器や石器があるわけですから伝承するための言葉は確実にあったはずですし、集落を作るようになると、身分も階層化されていただろうと思います。

そして、少なくとも現代を生きる我々より、遥かに、知恵を絞って生きていたはずで、彼らは現代でも適応さえすれば生活できそうですが、少なくともワタシは彼らの時代では、生き残れそうもありません。

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