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公文書問題からみた日本の民主政治

さぼ郎
連日、安倍政権の醜聞が報道されています。その理由は明確です。

恥を知れ
恥を知れ!

愚かな政治家に賢い官僚」という組み合わせが遠因になっていますが、他にもいくつかのバイアスがかかっていると思います。利口を自負する官僚が、誰が見ても愚かでありそうな政治家にかしずくならば、それなりの理由があるわけです。

瀬畑源さんは、「公文書問題」という新書において、冒頭で「明治期の公務員は天皇の官吏であったことから国民に対しての説明責任などは一切考えていなかった」わけで、決まったこと(裁可を得たこと)が重要なことで、その過程(プロセス)には、さほどの価値を見出していなかったようです。

これが日本の意思決定の伝統になっています。

戦争に負けて、天皇を頂点に置く集権政治が終わったのですが、米国は占領政策を円滑に行うために多くの官僚制度を温存したのだそうです。

敗戦

その後、自民党による保守政権が長く続く過程で、朝鮮戦争による特需があったことなどから、思いがけもしない好景気による経済成長をなし得ました。

そのこと自体は、日本社会にとってラッキーなことでありましたが、その背景(裏)で保守政権と官僚による暗部(国民の目に触れないところでの利権)を営々と築きあげてきました。いわば、車の両輪。一蓮托生。共同正犯。

彼らの暗部に属する事柄の記録を残すことは、ほぼ不都合になることを、戦後の復興過程において、保守政党の政治家と高級官僚は、生き血を吸うダニや蛭のように巧妙に、そして毛細血管のように、日本という国家の機構の中に組み込んできたわけです。

ダニ

情報をつぶさに公開すれば、問題点や矛盾点が芋づる式に明らかになる可能性があるわけです。なぜなら、森友学園問題で明らかになったように、現場の職員と、政治がらみで汚辱にまみれた高級官僚とでは立脚点が異なるゆえに、到達点も異なり、齟齬が生じる事は必至なわけです。

米国は公文書管理の先進国です。その大元は、第4代大統領のジェームス・マディソンの影響が大きいようです。マディソンは「アメリカ合衆国憲法の父」と呼ばれており、瀬畑さんは彼の手紙を紹介しています。

ジェームス・マディソン
wiki「ジェームス・マディソン」にリンク ↑
情報が行き渡っていない、あるいは入手する手段のない政府は、喜劇か悲劇か、あるいはその両方である。
ちなみに、ジェームス・マディソンの妻は大変な人気者で、
半世紀にわたり、まさに私達にとって第一級の女性(First Lady)であった」と言及したことがファーストレディの語源になったと言われている。
とのことです。大統領選に負けたピンクニーという人は「マディソン夫妻に負けた。マディソンだけなら、勝てただろうに・・・と嘆いた」のだそうです。どこぞの国のファーストレディは、次なる総理の椅子を狙う人たちにとっては福音になりつつあるようです。

情報公開の起点にあるのが公文書管理になりますが、その原点には「国民の知る権利」があるわけです。なぜなら、戦前の主権者は天皇陛下だったかも知れませんが、戦後の主権者は一応、法形式的には「国民」ということになっています。

とはいえ、アメリカでも「国民の知る権利」は1953年にハロルド・クロスと言う人の研究成果であったのだそうです。そして1966年に「情報自由法」によって、
行政機関が保有する情報に、一般市民によるアクセスを保障する法律である。情報公開法が保障する「知る権利」にもとづき、一般市民が行政機関が保有する情報を請求し、これらの情報を自由に、また最小限の費用で得る権利があることが明文化
されているわけです。日本では2001年からになります。アメリカに遅れること35年です。

民主主義とはなにか」などというとワタシには難しくてよくわかりませんが、国民が選挙において誰を国会に送るかの判断基準となるのは、政治の透明性であり、行政の透明性です。

かつて民主党が政権を取り、国民的には「いかなる体たらくであっても、自民党以外に政権を取らせるとどうにもならない」という強迫観念を植え付けられてしまいましたが、ようは自民党以外では官僚機構を動かすことはできないくらいの「自民党+高級官僚」は一蓮托生になっているわけです。

彼らの行動原理は、

民は由らしむべし、知らしむべからず

という論語からの考えが根底にあるのだろうと思います。「由らしむ」とは「従わせる」ということで、「知らしむべからず」とは「知らせるべきではない」という意味以外に考えられません。

論語」で孔子先生が、こんな暴論を吐くとも思えませんが、字義からすればそれ以外の解釈は無理です。敢えて曲解して「知らしむべからず」のところを「由らしむ規則や法律の背景を、愚鈍な民百姓に教えた所で理解が伴うはずはないから混乱させないためには知らせないほうがためになる」というあたりが、拡大解釈の限度です。

でも、「べからず」としているのだから、「する必要がない」としか解釈はできません。この考えが「特定秘密保護法」に繋がります。

片方で、「国民の知る権利」「情報公開」をいいながら、片方では、知らしむべからず」といい、「特定秘密保護法」を強行採決し、「共謀罪組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案)」をも強行採決する「保守政党&官僚組織」なわけです。

憲兵
wiki「憲兵」にリンク ↑

末期的な症状を示しているのは「安倍政権」ではなく、「保守+官僚組織」の馴れ合い、忖度政治なのだと思います。それが、はからずも森友学園、加計学園問題で、明るみに出てしまいました。

これだけの状況証拠があっても、連日の国会答弁を見る限りでは、情報公開など微塵も考えておらず、国民の知る権利などは、想起したことなど彼らの人生において一瞬たりもないはずです。

小選挙区制度も、大きな問題を提起しましたが、仮に中選挙区にした所で政治家は選挙でお金が必要になり、裏で悪さの度が増すだけのことでしかありません。

保守政党を外した所で、官僚組織を正常化させるのは、100年の計が必要になりそうです。

手順からすれば、能力も知恵もないくせに脱官僚」だなんて馬鹿なことを言わずに「司法の完全なる独立(法務大臣すらも止めるべき)」と、「公正・公平なる第三者(総理のお友達で構成するようなズルはダメ)」の関しとチェックが不可欠だと思います。

エンドレス

しかし、そのためには政権交代が必要で、政権交代すると官僚が協力しない、、、。つまり、日本では、やはり絵に書いた民主主義は、あくまでも絵でしか無いと言うことのようです。
「憲法9条で許される自衛権行使は、わが国防衛のための必要最小限度とすべきで、集団的自衛権の行使はその範囲を超え、憲法上許されない」旨閣議決定した
それを内閣法制局長官を変えてまで、安倍政権では集団的自衛権を容認して入るのですが、その過程の公文書の一切が、例によって無いのだそうです。安倍政権とは、すごい内閣です。
「そもそも法律は書いてあることがすべて。論理の世界に政治判断が加わる余地はない。まして憲法9条は、政府が50年にわたり論理を追求して出した結論。法制局長官が時の政権によって解釈を変更できるのなら、企業のお抱え弁護士と同じ。それでは法治国家は成り立たない」
女房が関わったことで、決裁文書を書き換えなくてはならなくなり、そのことで一人が自死しています。更に友達に便宜を図り忖度というおべんちゃら官僚が「首相案件」として地方公務員を使って総理友人に大いなる便宜を図り、その過程一切の公文書を残さず、東京大学を優等で卒業してきた官僚たちに連日嘘八百を言わせ、自分もしくは女房が関わったら辞めるとまで公言していたのに、いまだやめる素振りもありません。

ノータリン

ノ~タリンもここまでくれば喜劇か悲劇か、あるいはその両方のような状態で、これほどおめでたい話はありません。無知って、恥を知らないことなんですね。

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