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優秀か愚か

さぼ郎
「なぜ、賢い人が集まるとかな組織ができるのか」という本があって、何年か前に買ったのですが、本の内容は和名のタイトルと全然違っていました。

よく見ると英語のタイトルが付いていて、「組織の知性」のような話のようです。その証拠に副題として「組織の知性を高める7つの条件」とも書かれています。

ようは組織が大きくなると、中間のマネジメントが増え、必然としてエントロピーが働くことで硬直化しなければ、拡散・崩壊していくという話のようです。

役所のように硬直化させれば、発展はないけれどとりあえず崩壊はなさそうです。

さて、YouTubeを見ていたら「なぜ、優秀な人が集まってとんでもなくかな暴走をするのか」という動画があったので見てみました。

その動画自体も「優秀」を自認している人が作っているのですが、ようは「優秀」とは記号化において優秀なのだそうです。

ものごとを記号化する、記号化して考える、考えたことを記号化して結論を出す。

こうしたことに長けている人を「優秀」というのだそうです。

で、記号とは、数字とか文字とか言葉のような、ようするに「意識」に登るものだそうです。

記号化して表現することが巧みでも、世の中は記号化できないことで充満されていて、優秀な人が決めたことがかな顛末を迎えることが少なくないことになるわけです。

このことはIQが高いからと言ってノーベル賞が取れないことにも通じているような気がします。

世間では一般的に学力が高いことを優秀といい、優秀な成績だといい大学に入り、いい会社に入り、いいポストに就くわけです。そうした人たちが動かす社会が「是」であるとし、それを「是」とできない人々が落ちこぼれていくという仕組みが作られています。

ノキアが携帯で王国を作ったのに、スマホで出遅れることにより倒産の危機に陥ったのも、結局は都合の悪い情報を受け入れない上層部の体質が出来上っていたからだとリスト・シラスマ氏(代表取締役会長)はいいます。

彼は会議において、「われわれの組織の中には誰でも異議を唱えられる環境があるか」と自問するのだそうです。

dokomoやauに、そうした上層部の人間が何人いるのやら。未だに携帯で駆逐され、アンドロイドかiPhoneかの選択でしかなくなった失敗への総括も目にしたことがありません。

異議を唱えられる環境」が、帝国陸海軍にもありませんでした。このことは「優秀」さとは関係なく、優秀さによって権力を得ることで「忖度」と「よいしょ」でそっくりかえり、「異議」を受け付けない唯我独尊状態になっていくことは普通の現象です。

つまり、優秀であろうがなかろうが、権力の座に長く就くことは組織を硬直化させ、結果として優秀な集団がかなことに暴走するようになってくることは「摂理」とも言える現象であり、森友や加計問題で奔走した官僚の姿を見れば明らかだと思います。

吉田兼好が言うまでもなく、常に世の中は動いているのに、ある瞬間を記号化することであたかも世間を詳細に把握している錯覚を持つかも知れませんが、実は記号化できない部分が多大にあり、かつ、記号化できた部分も流動していることに気がつかなければなりません。

「優秀」であることとは記号化の能力よりも、流動性的物事に対応できる能力が勝ると思いますが、それは知能指数や学歴では測れません。

結局は「か」なことを行い、その失敗を糊塗することに多くの「優秀」さを傾注することになり、暴走の度を強めていくことになるわけです。

日本が、先の大戦を総括しないことと同様に、将来においてアベノミクスも総括しないことと思いますが、これとて「優秀」な人(政治家は含まれない)による「行」であることはほぼ確実だと考えています。

ノキアが携帯事業をマイクロソフトに売却し、通信機器メーカーとして再出発したのが2013年とか2014年あたりの話です。それでいて、いまやファーウエイと争う5Gの有力なプレーヤーになっています。

だのに、なぜ、日本のメーカーは、全く立ち上がれないのか? 結局は「優秀」を辞任する人達の行が原因なのだと思います。

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