雑感
メリットとベネフィット、善と悪
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曰く、
メリット 商品のウリや特長ベネフィット 商品の特長から得られる問題解決
あるいは、
メリット 商品を使う効果
ベネフィット その先にある精神的満足
語源を調べてみると、
merit 価値、利点benefit ためになること
直近で言えば、菅新内閣が2020年10月2日に学術会議の推薦会員のうち、安倍内閣の政策に異を唱えた6人を任命拒否をしたことなど、国民にとって何らのメリットがある決定のようには思えませんでした。
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権力行使をし、学者を畏怖させたという権力にとってのベネフィットがあったのかもしれませんが、いかに野党が役に立たなくても新政権発足早々にメリットのないことで、負の印象を国民に蔓延させる意味がどこにあるのかが不思議です。
まして、東京大学を優等で卒業したような官僚たちがたくさにるのに、知能や知識と「善悪」には脈絡がなさそうです。
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メリットとベネフィットのような、いわば仲間のような語彙ではないのですが「善」と「悪」について芸人の西野亮廣さんの説をなぞってみたいと思います。
彼の説では「善は自分にとってメリットになること」で「悪は自分にとってデメリットになること」なのだそうです。
この分け方は、明快です。
公文書の改ざんや異常な土地価格の値引きは、財務省の官僚にとって「善」でしたが、残念なことに赤木俊夫さんにとっては「悪」だったわけです。同じ行為でも「善」と「悪」が混じったことがシステムエラーを起こしてしまいました。
「善」や「悪」は、個別的に考えないと、基準が不明確になりますから、西野さんの考え方は至当な考え方だと言えます。
もちろん、社会生活をする上で、「社会」が「善」と「悪」を規定するのは受け入れざるを得ません。特に「悪」に関しては、秩序を守るために最低限の規定は必要になりますが、その「最低限」は日本と中国では大きく異なるように、絶対不変なものではありません。
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また、西野亮廣さんは、人間を「性善説」「性悪説」で考えるのではなく「性弱説」でとらえるべきといいます。
総理夫人の安倍昭恵さんが関係しているらしいから、売買する土地の価格を「異常」な価格に値引きしろと上司や上級官庁からご宣託があれば、事の良しあしはそっちのけで無理を押し通すのは、それを実行する人にとっては「上位下達」の習性に基づきます。
もちろん、率先して忖度し、無理を押し通すことに何の抵抗も感じるどころが、それが「大人の解決」としている権力志向の人も少なくはありません。
その彼らからすれば「値引き」「改ざん」は法に触れない限り「善」になりますし、法に触れないような証拠を作るか隠滅することだって、彼ら的には「善」なる行動なわけです。
アンナ・ハーレントは、「誰でもアイヒマンになれる」と指摘していますが、人間の行動原理が「性弱説」だからだといえそうです。
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広島と長崎に原爆を落としたことだって無差別な殺戮である点においてアイヒマンと何ら変わることはありません。日本中どこにでも、ベトナム中どこにでも無差別爆撃を行ったアメリカだって、上司の命令には事の是非を問うことはできないわけです。
ワタシも10年ほど公務員をやっていましたが、上級官庁、それも本省からの命令なら逆らうことなどあり得る話ではなく、現場の上司にとっては上級官庁からの依頼があることは発奮すべきうれしいことであって疑問を持ったり逆らったりすることなどはあり得る話ではありません。
それが「権力」の持つ本質です。
事実、自死した赤木さんを除いて、みなさん、晴れ晴れと出世しています。彼らにとっては赤木さんが「悪」で、「値引き」「改ざん」の依頼に応えることが「善」だったわけですから、システムエラーが起きるのも仕方がないことになりました。
組織的「悪」の原動力は、必ず「権力」行使によって行われることを忘れてはならない戒めとして菅内閣がこれから行うであろう、彼等的な「善」を遠目に眺めていることとします。
憲法15条では「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」としており、総理大臣は国民の権利を代行しているわけで、国民に対して責任を負えないから名簿から除外したことになる。
「国民に対して責任が負えない」だけど「人事のことだから言えない」となると、6人にどういう欠格事項があるのか興味が尽きないところである。内閣は準強姦の嫌疑で逮捕寸前であっても総理大臣に近しい人なら見送りにできるし、嫌疑不十分にだってできるぐらいの国家権力を持っているのだから、法を盾にして理を押し込めるぐらいのことは朝飯前である。
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しかし、説明を何らしないで権力行使だけを行うとするなら、単なる上意下達。それって封建時代の専制政治だ!