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大祓と第六天神など

さぼ郎
差し入れ
飾り巻き寿司
関先生のホームページにリンク ↑

2階にある「あとりえ ふぉ〜うぃんず」の関さんは、「飾り巻きずし」と「伝筆」の先生です。

今日も、飾り巻きずしの講習があったようで、差し入れで写真の巻きずしをいただきました。

ピカチュウをお腹がすいたので食べました。想像できないと思いますが、本当に美味しいのです。

雨上がり

雨上がりに写真を撮りました。

銀杏

東京都のシンボルマークです。

後朝の朝

後朝」と書いて「きぬぎぬ」と読むのだそうです。「衣衣」とも書くようですが、ようは男性が女性のところに通ってきて衣を合わせた(当時は服を脱がなかったのかも?)翌朝のことで「ごちょう」という読みも出てきます。

清少納言の時代の貴族は通い婚で、正妻以外の女性(つまりは妾)には夜のうちに通い、夜が明ける前に帰るのだそうです。

帰ると「後朝の文」と言うのを出して、「会えて嬉しかった」「きのうは良かったね」みたいなやり取りを和歌などを駆使してやり取りしていたようです。

清少納言の周りの女性は、「雨降りに通ってくる男はうれしいよね」などといいますが、清少納言は頻繁に来る男なら雨降りでも来てくれればうれしいけれど、ひょっこり雨降りの日だけにくるようならば、「雨宿りかよ」と思ってしまって興ざめだと274段で言っています。

それより、月夜とか雪の夜に来てくれる方が嬉しいとのこと。五位だと青い衣装だそうで、それが雪の白にあうと言っています。六位の緑でもいいかもとのこと。

清少納言は生涯に2回結婚しているようで、最初の結婚は橘則光というひとで、後に離婚しています。結婚したときは六位で、彼女は16歳。離婚後も兄弟のようにしていようとのことですが、橘則光は文学に素養が全く無く、絶交するなら和歌をよこして欲しいなどと手紙を出しています。

橘則光は、「今昔物語」23巻15話にも登場してきます。

今昔物語
23巻15話にリンク ↑

今昔物語では、強盗に追いかけられて3人斬り殺したと言うような逸話で、違う人間が「俺がやった」と言ってくれたから、面倒に巻き込まれなくて住んだというような話です。見た目も良かったようですが、清少納言の求める文学には疎かったようです。

茅の輪

浅草神社の茅の輪。「大祓」。神社とか第六天神で6月になると大祓で茅の輪が設置されます。病とか汚れを落としてくれるようです。

大祓

6月30日、浅草神社では、このような厳しい儀式を行っていました。先頭の緑色の装束のヒトが笙を奏で、その後に2人の巫女。その後に水色の装束のヒトが何かを捧げています。

ワタシは膀胱がんは、BCGによる抗癌治療で病を落としていますが、穢の方は煩悩とか禍根と一緒に染み付いているので、なかなか落とせるものではなさそうです。

第六天というと、昔、「悪魔信仰」だと聞いたことがあります。その根拠を調べました。

信玄が「天台座主沙門信玄」と署名したのに対し、「第六天魔王信長」と署名したという話があるようですが、証拠は見つかっていないようです。

第六天神の分布ですが西日本にはないのだそうです。
織田信長が篤く信奉していたとされることから、天下統一の跡を継いだ豊臣秀吉が第六天の神威を恐れ、拠点としていた西日本の第六天神社を尽く廃社したためという
とのことで、なぜ、秀吉が第六天神の神威を恐れるのかが不思議です。やっぱり、本能寺の変の裏には秀吉がいたのかも。
天魔とは第六天魔王波旬、すなわち仏道修行を妨げている魔のことである。第六天魔王(あるいは単に魔王)ともいう。
とのことで、仏の道を妨げるのだそうです。日蓮は、
第六天の魔王を、仏道修行者を法華経から遠ざけようとして現れる魔であると説いた。しかし、純粋な法華経の強信者の祈りの前には第六天の魔王も味方する
とし、魔王はさまざまに信心を邪魔するのだそうですが、それにも負けずに信心を深めることで自らのみではなく過去からの業が軽減・消滅すると説いています。

一理あるような説得です。平安時代や鎌倉時代の歴史をいくら本で読んでも、当時の宗教観や貨幣の流通などがわからないと、人々の行動原理までを理解することは難しい気がします。


花
花
花

花は何を考えて花として咲いているのでしょうか。


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