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みやぞんと天才と感覚

さぼ郎
赤門
「現代ビジネス」の記事にリンク ↑
東京開成学校、東京医学校への改組を経て1877年(明治10年)4月12日に至って合同することになり、文部省所管の官立東京大学が創設された。
とあります。学士授与は札幌農学校(北大)に次ぐ2番目だそうです。1886年(明治19年)の帝国大学令によって帝国大学と改称するものの、1897年(明治30年)には京都帝国大学(京都大学)が創設されたため、帝国大学を「東京帝国大学」に改称しています。

夏目漱石が入ったのは1890年(明治23年)ですから、その頃の日本には「帝国大学」しかなかったわけです。「門」は1910年に朝日新聞の連載しています。主人公の宗介は、京都帝国大学を中退している事になっています。

話はそれますが、「それから」の代助より、「」の宗介のほうが、自分的には親しみを感じます(この門は赤い門ではなく仏の門)。

で、東京大学ですが、「東大の中でも《神童と呼ばれた男達の人智を超えた超絶エピソード」という記事があって、とても興味深かったことと、その記事に登場する数学の天才が難問をイメージで捉えて解法を導き出しているとのことに、お笑いタレントの「みやぞん」にも、近いものを感じました。
東大教授ともなると、生まれてから定年で退官するまでの65年間、ずっと「神童」と呼ばれ続けている人間が少なくない。
のだそうです。

ひらめき
「現代ビジネス」の記事にリンク ↑

記事によると灘高では、数学は誰にも負ける気がしなかったという、一種の数学天才が、数学オリンピックの合宿に参加したとき、そこで遭遇した人材には、とてもかなわないと思ったというエピソードがあります。
数学はあるレベルを超えると「見える」「見えない」という表現で語られる
のだそうで、解法がイメージとして見えてしまうようです。そもそも、天才には「頭脳明晰タイプ」と「ひらめきタイプ」があるのだそうです。

頭脳明晰型は圧倒的な処理速度があり、努力研鑽で磨きがかかるのだそうですが、ひらめく力は「ひらめきタイプ」にはかなわないのだそうです。

レオナルド・ダ・ヴィンチやリチャード・ファインマンのような天才は、難問を論理的に捉えるのではなく、感覚的に捉え、一つの感覚刺激が、他の感覚刺激を呼び覚ますようにして、どこから手を付けたらいいのかわからないような問題であっても、一瞬にして解き方を思いついてしまうようです。

そこで、「みやぞん」。彼は、時々、イメージについて語ることがあります。また、挑戦しなければならない課題に対して行き詰ると、頭を真っ白にしたいとのことでチャーハンを作ったりしています。



ちょっと訓練したくらいでは絶対できないような課題を与えられても、数日で克服できてしまうのは、課題をイメージで捉える能力があるからだと思います。

学問の世界であるなら、優秀な頭脳があれば、努力し、記憶し、たくさんの解法を身に着けることで、難問の解き方を思いつくことはできるかもしれません。

しかし、それは答えが導き出せる問題が与えられるという前提でしか無い能力です。「みやぞん」や数学オリンピックで金メダルを取るような人たちは、答えが導き出せるのかすらわからないような場面において、解法がイメージできる特殊な能力のような気がします。

世の中にある問題は、IQが異常に高ければ解決できるような種類の問題ばかりではありません。さまざまな問題があることの背景には、必ず「人間」の関わりがあります。

逆を言えば人間の認知さえなければ、世界の全ては「摂理」として解決することが可能です。人間の脳に「認知」があるゆえに、宗教が発生し、民族意識が発生し、欲もあり、侮蔑もあり、差別もあり、憎しみもあり、不条理もあることになってしまいます。

ゆえに、人間が存在する限り、すべての問題が解決することはありえないわけです。

日本の学校教育では、「傑出」のような特異性を好まない傾向があるようですが、レンタルのDVDで、予告を見ていたら「ギフテッド」という映画があって、少女が数学の特殊の能力があるようで、教育者は特別な学校に行くことを勧めるのですが、親権者(母親の弟、つまりオジさん)は普通の教育を受けさせたいと言うようなストーリーです。



人間にとって何が幸せかといわれれば、きっと、人それぞれだし、百人百様の幸福もあれば、等しく百人百様の不幸もあるわけです。

ギフテッド」の宣伝コピーは「いちばん大切なのは、<愛する>才能」だそうです。特にアメリカ人は「」が好きなようですが、日本では歌謡曲を除くとあまり使われないフレーズです。こんなコピーで、この映画を見たいとも思えません。

みやぞんも言っていますが、ヤゴのときは泳ぐのが得意だったけれど、トンボになって羽を手に入れると水では溺れるようになってしまうわけで、特異な才能や美貌を手に入れることが、絶対的な幸福になれるわけでもないことが、これまた、人生の面白いところのような気がします。

トンボ

ワタシ的なコピーで言うなら、「意外と大切なことは、普通でいること」ぐらいでしょうか。

こんな動画がありました。



普通の人の普通の正義。これが世の中を変えていくのでしょう。

政治家や権力者が世の中をよくしてくれるなんて、幻想であることを森友や加計が見せてくれています。

瀬畑源さんは「公文書問題 日本の《闇の核心」という本の中にも書いていますが、現下の異様(異常?)な公文書管理の原因には自由民主党の長期政権にあると断じています。

自民党と公明党とによる強行採決が、誰の利益を代弁しているのかは、わかりませんが、あまねくの国民利益を目指しているわけではなさそうです。

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