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天変地異と大阪、そして北海道

新幹線はすごい

さぼ郎
9月5日、所用で大阪に行ってきました。当初、4日の朝イチだったので3日の夕方大阪に行って1泊して4日の午後に帰ってく予定で段取りをしていました。

ところが、その4日に大阪界隈は台風の直撃コースとのことで、急遽、段取りを変えて用事は5日の昼前になったので、東京発6時16分の「のぞみ」でいくことにしました。

4日というか5日の払暁というか、ともかく朝になる前の5日の東京は、ときおり、かなりの防風雨になるような感じで、台風自体は秋田沖か青森沖あたりなのに、自然の脅威の威力は「驚異」です。

4時に起きて風呂に入り朝食を取って、ネットで調べたのが5時前だったと思うのですが、山手線は「平常通り」でした。

秋葉原の始発が4時46分です。

で、新幹線の運行状況を調べたら、「始発までわからない」みたいな案内でした。ということは、とりあえずは東京駅に行かなければ話は始まりません。

銀座線は、こんな程度では定刻どおりなのは決まっているので6時16分の新幹線に間に合う路線情報では浅草発が5時39分だそうでしたので1本前の5時31分を目指しましたが、結果として5時23分に乗れました。神田でおりて、少し待たされましたが、京浜東北で東京につくと、6時前だというのに、新幹線のみどりの窓口界隈には、沢山の人がいました。

4日は、米原で架線が切れたので運休になったことの影響だったのだと思いますが、6時前に東京駅に沢山の人が来ていることが、すごいことだと感心した次第です。

4日に架線が切れたのに6時16分は定刻通りの発車で、これも驚異的な技術力だと感心すると同時に感謝セざるを得ませんでした。

京都に入る直前で木が倒れているので30分位停車するとのアナウンスが有りましたが、10分位で動き出したので、結果として9時ころには新大阪に着きました。

本当は環状線で目的地に行く予定でしたが、環状線は壊滅状態だったので千日前線、近鉄を乗り継いで約束の駅で合流して目的地には約束の10時30分の少し前につくことができました。

大阪は、かなりの被害だったはずなのに、この新幹線の技術は、車輌のことだけでなく、トータルですごいことだと思います。

帰京して一夜明けたら北海道では大地震(6日3時8分)。

東北の3.11から九州の地震、中国地方の大雨、そして近畿の台風、北海道の地震となると、来ていないのは「関東」だけです。

いつ来ても不思議がないと宣言されている「関東」だけが無事なのは、かえって、なにかの予兆じゃないかと勘ぐってしまいます。

いま、「中世を道から読む」と山本周五郎の「天地静大」を並行して読んでいます。朝は「経済学者たちの日米開戦」を読んでいます。

中世を道から読む」と「天地静大」は2回目なんですが、ほとんど初めて読む感じです。中世の関東(戦国時代に入る前の関東)は、実は大変な時代ですが、その割にはあまり歴史的な脚光を浴びていません。

そもそも、関東の中世というと「源頼朝」で終わり って感じです。少し歴史が好きな人だと、「南北朝」「足利幕府(室町幕府のほうが馴染みがあります)」あたりになります。

足利は京都と鎌倉に別れ険悪になり、鎌倉公方も古河公方、堀越公方に分かれ、鎌倉には鎌倉公方、関東管領が置かれて、その管領も上杉が扇谷、犬懸、山ノ内に分かれていきます。

上杉謙信は、有名人ですが、かれは長尾家の人間で、上杉の養子になることで関東管領になり歴史に登場してきます。

と、話は続けたいのですが天変地異から離れるので、この続きはまたの機会にします。

天地静大」にも少し触れておきます。1回めは、古本屋で2冊200円で買ったのが縁でした。それまで山本周五郎は結構読んでいたはずでしたが、天地静大」は読んだことがなかったので迷うことなく買い求めました。

で、幕末物の小説では、自分的には最高傑作だと感激しました。これがドラマ化されていないのが不思議なくらいでです。映画で2時間じゃ、良さを語れませんね。山田洋次あたりが監督でやろうとなれば、杉浦透はジャニーズ確定(おそらく岡田准一かキムタクあたりで、女優は宮崎あおいか黒木華あたりか)になり小説そのものを冒涜することになるからやめてほしいです。

で、大阪に向かう新幹線の中で「天地静大」をむさぼり読んでいたので、異次元の異空間にいることができました。

結論は自然の驚異に我々は驚かされるわけです。摂理は、人間の知恵など遥かに凌駕していることは争いようのないことですが、とはいえ、新幹線を作ったのも人間ですし、天地静大」を書いたのも人間です(福島の原発を作ったのも人間)。

考えてみれば人殺しを効率的に大量に行える兵器を作り、使うのも人間です。賢さが募れば人類に福音をもたらされるべきなのに、その賢さを愚かなことにしか使えないのも人間で、「知能」や「主義」や「宗教」や「思想」などを超越したところにある原理は、実は単に「欲望」だけなのではないかと最近考えています。

人類を高みに上げるのも、どん底に突き落とすのも「欲望」のなせる技で摂理は関与していません。

秋丸機関」については、いずれまとめますが、日本とドイツは、全く協調していなかったこと。強かった時の日本に対してドイツでは黄禍が起きていたこと。ドイツはソ連を、日本は英米を相手に戦争していたこと。

これで軍事同盟なのですから、笑止な話です。

知能」や「主義」や「宗教」や「思想」などは、思うほどに人類の福音にとって、役に立つものではないことは、きっと間違いありません。。

天才とか英雄に必要以上の期待をよせてはいますが、世の中を良くも悪くもするのは「庶民の良心」でしかないような気がします。期待できない政治に引きずられて、庶民が良心を消耗してしまうことは、天変地異よりも恐ろしいことじゃないでしょうか。

総理大臣が被災地に激励に出向いて20万円のスイートに泊まって豪華な食事をしているようでは、庶民の良心はすり減ります。芸人もテレビに一回出演すると何十万円、何百万円ももらうようでは庶民から乖離してしまうだけのことで、彼らが笑うのを持て庶民が追従しているのですから、今の政治もテレビも末期的症状を露呈しています。

しかし、御神籤も「大凶」を引けば、その下はないのですから、今の日本もこれより下はないと思って庶民は良心を温存しておくしかなさそうです。

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