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歴史的

大鏡《7》 宇多天皇

大鏡《7》 宇多天皇

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さぼ郎

五十九代 宇多天皇治十年、院にて三十四年おはします。女御五人、みこ二十人、姓を給はる一人。次の帝、亭子のみかどと申しき。これ小松の天皇の御第三皇子。御母、皇太后宮班子女王と申しき。二品式部卿贈一品太政大臣仲野親王の御女なり。亭子:宇多天...

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大鏡《6》 光孝天皇

大鏡《6》 光孝天皇

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さぼ郎

五十八代 光孝天皇治三年女御四人、男女のみこ四十一人、此内源氏三十五人。小松の御門と申す。次のみかど光孝天皇と申しき。仁明天皇第三の皇子なり。御母贈皇太后宮藤原沢子(たくし)。贈太政大臣総継(ふさつぐ)の御女なり。藤原総継:総継は北家で...

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大鏡《5》 陽成天皇

大鏡《5》 陽成天皇

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さぼ郎

五十七代 陽成天皇治八年、みこ九人、みな院にて後の御子なり。后たてられず。次のみかど、陽成天皇と申しき。これ清和天皇の第一の皇子なり。御母皇太后宮高子と申しき。権中納言贈正一位太政大臣長良の御女なり。藤原高子:基経と父母を同じくする兄妹...

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大鏡《4》 清和天皇

大鏡《4》 清和天皇

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さぼ郎

五十六代 清和天皇冶十八年、女御十三人、みこ十八人、姓を賜ふ四人あり。次のみかど清和天皇と申しけり。文徳天皇の第四の皇子(諱は惟仁)なり。御母は皇太后宮明子と申しき。太政大臣良房のおとどの御女なり。このみかどは嘉祥三年(850)庚午三月...

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大鏡《3》 文徳天皇

大鏡《3》 文徳天皇

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さぼ郎

五十五代 文徳天皇天安二年(858)戊寅八月廿七日崩、年三十二。九月六日、葬二干田邑山陵一 号二田邑天皇一。女御六人、みこ廿九人。拾四人は姓を賜ふ。此の御時、東大寺の大仏のみぐし、そゞろに地に落ちぬ。田邑山陵(たむらやまのみささぎ):太...

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大鏡 序《2》

大鏡 序《2》

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さぼ郎

かくて講師待つ程に、我も人も久しうつれづれなるに、この翁どものいふやう、久しうつれづれなる:長いことすることもなく世継「いで、さうざうしきに、いざたまへ。昔物語して、このおはさふ人人に、さは古の世はかくこそありけれと、聞かせたてまつらむ...

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大鏡 序《1》

大鏡 序《1》

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さぼ郎

さいつ頃、雲林院の菩提講にまゐりてはべりしかば、例の人よりはこよなう年老い、うたてげなる翁二人おうなと行きあひて、同じ所にゐぬめり。さいつ頃:先日こよなう:かけはなれてうたて:異様翁二人とおうな:世継と繁樹と繁樹の妻あはれに同じやうなる...

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「大鏡」を読むにあたって

「大鏡」を読むにあたって

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さぼ郎

そもそもを言えば「枕草子のたくらみ」という本を読んだことがきっかけになっています。「枕草子」といえば清少納言の文学日記程度に考えていましたが、登場する人物は、まず、主人公が藤原定子で、その父である藤原道隆、弟の藤原伊周、そして道隆の弟で...

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