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あれこれ

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あっという間に

さぼ郎
あっという間に12月。それも中旬が終わりかけています。ふと気がつけば、「CMS」を標榜しているのに最近は記事を書くことを忘れています。というか、記事を書かない日常に「」を感じています。

といって、あえて書く必要の無いことを無理して書くこともないわけで、悩ましいわけでもあります。

最近の出来事として特筆することと言えば樋口一葉の朗読会で「十三夜」を鑑賞してきたことです。面白いことに、その翌日は一葉記念館で大橋乙羽という人の研究について学芸員の人から説明を受けるというギャラリートークに抽選で参加が認められ連日の樋口一葉になりました。

大橋乙羽
大橋乙羽」にリンク ↑

大橋乙羽という人は、よほど樋口一葉に詳しい人でなければおそらく知られていないのではないかと思いますが、この人が一葉の「奇跡の14ヶ月」を生み出すことに大いなる貢献を果たした出版社の社長です。

十三夜」を朗読してくれた小河内さんによれば、一葉は「にごりえ」を書いたことで、忸怩たる思いを持ったため、その思いを払拭する意味も含めて「十三夜」を書いたとのことです。

というのは、「にごりえ」で源七がお初と息子を追い出した後、お力と無理心中しますが、お初のその後の人生を思って忸怩たる思いが残ったようです。で、「十三夜」でお関は、亭主の酷さに絶えきれなくて、一旦は息子を置いて家を出てきたけれど、息子可愛さで家に戻る決心をします。

一葉の晩年になる明治27、8年は日清戦争の真っ只中で、そんな頃の日本人の気質がよく分かる小説だと思います。

ちなみに、いま、「大つごもり」を読んでいます。「大つごもり」とは「大晦日」のことで、借金のためにお金を盗む話のようです。

樋口一葉というと敢えて説明もする必要のない日本が生んだ大小説家で、五千円札にもなっていますが、読み始めては止め、読み始めては止めていましたが、たまたま、知己が一葉の朗読をシリーズで始めたのをきっかけに5年前から読み始めました。

文学の圧倒するチカラに打たれました。この圧倒するチカラは夏目や芥川の比ではありません。当然のことですが、イシグロや村上の比でもないと思っています。

ところで、ついでなのでお札について調べてみました。

千円札
日本武尊-聖徳太子-伊藤博文-夏目漱石-野口英世

五千円札
聖徳太子-新渡戸稲造-樋口一葉

一万円
聖徳太子-福沢諭吉ー福沢諭吉

となっています。1万円札の寿命は3、4年あるようですが、千円と五千円は1、2年のようです。特に、樋口一葉のお札は痛みがひどいものが多いように思います。だから、五千円札が来ると、優先的に使ってしまいますが、だからといって一葉を軽んじているわけではありません。

この世界の片隅に


この世界の片隅に
「この世界の片隅に」にリンク ↑

TSUTAYAで期待することこともなく、他に借りたいものもなかったので「この世界の片隅に」を借りてきて、意外に面白かったです。

こうの史代」という人が書いたマンガをアニメにしたのだそうですが、こうの史代さんは1968年の人なので今年43歳なはずで、どうしてこんなに戦争時代のことが描けるのかと感心しました。

最後に玉音放送を聞くシーンで、
そんなことは覚悟の上じゃないんかね。最後の一人まで戦うんじゃなかったんかね。」と主人公が泣き叫ぶシーンがあります。

原作では「他国を暴力で従えていたからこの国は暴力に屈するのか」というセリフがあったようですが、アニメではもっと穏当な表現になっています。

順軍慰安婦をスローガンにして、いまだに韓国・中国からいじめられていますが、従軍慰安婦問題は単にシンボリックなだけで、暴力をもって他国を侵略したツケを未だに払わされているような気がします。

虐殺

2018.2.27
米国立公文書記録管理局(NARA)にあった15秒の映像だそうです。
連合軍164通信隊写真中隊のボルドウィンという兵士が1944年9月15日に撮影したもので、映像の場所は中国雲南省騰沖と推定されるそうです。
他に、写真資料2点、当時の米中連合軍が作成した作戦日誌をはじめ、旧日本軍の慰安婦虐殺を裏付ける文書14点も共にソウル市とソウル大人権センターは公開するのだそうです。
連合軍情報文書には騰沖が陥落する直前の1944年9月13日夜、旧日本軍が朝鮮人女性30人を銃殺したと記録されているとのことで、事実は隠しようのないことでもあります。

主人公のすずは、広島の両親を原爆で失い、実兄は戦地で亡くし、妹は原爆病。しかし、この世界の片隅で自分を見つけてくれた夫の周作に感謝しながら、戦災孤児の少女を連れて呉に戻るところで終わりになります。

現実世界においては、シリアの国民が塗炭の苦しみの真ん中にいて、一つ間違えば、北朝鮮の国民が同じような塗炭の苦しみを味わうことになりかねません。

今がいいから明日もいいだろうと思うことには根拠のある話ではなく、東北の沿岸部の人々も3.10までは翌日に起こることに思いを馳せた人は一人としていなかったはずです。

自然災害でない限り、人知を尽くして回避できることは回避するべきと思いますし、それができるのも人間だけであるわけです。ノーベル平和賞なんてのが、何の役にも立っていないことは自明で、ノーベル賞なんてのはノーベル財団の思い上がりの儀式でしか無いように思っています。

ちなみに、樋口一葉がこの世に生きていて、そのまま「たけくらべ」や「にごりえ」を書いたとしてノーベル文学賞を取れるとは思えません。

枕草子が「The Pillow Book」になる言語の国が樋口一葉を正当に評価できるとも思えません。

文学とは言語や時代や民族に密着しているものであるからです。

世界共通語という意味で「英語」を中心にして考えるならボブ・ディランやカズオ・イシグロもありですが、しかし、その場合は、対象が世界であるべきであり、世界平和を希求するものでなければならないと思います。

まず、声を上げるべきなのは政治家であり、有名人であるべきと思います。

森友・加計の「忖度」を見ている限り、まだまだ、日本の文化には後進性が多分に残っていると思わざるを得ません。

トランプ大統領の大使館をエルサレムに移すという公表に対して、日本の政治が反対を唱える(国連で反対投票をしました、スイマセン)とは思ってもいませんが、意外にアメリカ国内でも大きな反対にならないのを見る限り、アメリカにおいても後進性を多分に内包しているとしか言わざるを得ません。

このあたりが民主主義の限界なのでしょう。

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新興宗教とクリスマス
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