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わが半生の反省の記《7》

わが半生の反省の記《7》

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さぼ郎

さて、中学まで来て、堀口満の「阿鼻叫喚」に行かなければなりませんが、その前にいくつか思い出したことがあったので、そっちを先に片付けます。一つは「野犬狩り」。長い棒の先に、西部劇などでよく見るリンチのロープのようにして野犬の首に輪をひっか...

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わが半生の反省の記《6》

わが半生の反省の記《6》

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さぼ郎

今日のiTunesで、さっきはベートーヴェンのバイオリンコンチェルトがかかっていましたが、いまは、チャイコフスキーのバイオリンコンチェルトです。デビッド・ボウイが京都の正伝寺のお庭を見て涙したと、何かに書かれていましたが、ワタシならベー...

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わが半生の反省の記《5》

わが半生の反省の記《5》

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さぼ郎

さて、いささか書くもの飽きてきた半世紀の反省記ですが、書くほうが飽きるくらいだから読む方も飽きることとは思うものの、堀口満とのことでは、どうしても書かなければならないことがあります。どうして堀口と仲良くなったのかは忘れました。ともかくク...

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わが半生の反省の記《4》

わが半生の反省の記《4》

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さぼ郎

今朝は、市ヶ谷のグリーンパレスというところで「朝飯会」というのに誘われて行ってきました。7時から食事が食べられて7時半から8時半まで講演。30分が質問という感じで9時に終わります。宮古あずさという現役看護師による「生病老死」というテーマ...

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わが半生の反省の記《3》

わが半生の反省の記《3》

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さぼ郎

無名の、どちらかと言うと(言うまでもなく)下賤の民であるワタシの半生などを書くこと自体がおこがましいですが、どうせ、読む人もいないであろうという安心感もあったのですが、どうやら一人、読んでいる人がいるらしいので、少し方向性を変えなければ...

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わが半生の反省の記《2》

わが半生の反省の記《2》

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さぼ郎

さて、インパールから紋別郡生田原村に話は戻ります。戦後ということもあって、再び独立したとはいえ多くの国民の生活は塗炭の苦しみだったんでしょうね。ちなみに1955年の国民総生産(GDP)は8.8兆円です。いまが大体500兆円ですから、19...

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わが半生の反省の記《1》

わが半生の反省の記《1》

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さぼ郎

与謝野晶子に「私の生ひ立ち」という本があります。夏目漱石に「硝子戸の内」という本もあります。作家の書く小説でも、人生について考えさせるものをワタシは純文学と呼ぶことにしました。樋口一葉の「たけくらべ」、二葉亭四迷の「浮雲」。なんとか読め...

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