PAGE TOP

をちこち

印刷する

南青山児童相談所のことなど

さぼ郎
南青山の国有地を東京都に売却して、その土地を確か、舛添さんの時には都立広尾病院を移転するような計画だったのが、病院側や住人側の反対にあって流れたように記憶します。

今度は、児童相談所にするとかで住人ともめています。

住人側の言い分だと、
1.土地の価値が下がる
2.金持ちの子しかいないエリアの公立学校に相談所の子供が通うのは
  かわいそう
というのが主たる言い分のようです。

不動産鑑定士によると、児童相談所が来ることで土地の評価が下がったという話は聞いたことがないとのことで、「1」は根拠なし。

「2」は、一見、自動相談所に保護されている子をかばっているようだけれど、考えてみたら近くに青山学院などもあるのだから、金持ちの子供は公立学校に行かなければ良さそうな話。

そもそも、理不尽とか不条理などは世の中に蔓延しているので、この手の話自体も「理不尽」「不条理」を絵に書いたような話だけれど、このようなバカなことをまことしやかな顔して発言する人たちが、青山の住人なんだということを世に知らしめている。

こういう愚かな人たちが地球上にいるから世界は一向に平和にならないし、総理大臣自らが不公平、不公正で、無知な紅顔を平気の平左で晒していられることも納得せざるを得ない。

ところで、クダンの国有地を、なぜ、東京都に売却したのかが不思議な話。民間に売却すれば、きっと東京都の購入価格より高く売れたはず。

ここに、きっと豊洲級の裏があって、誰かが大儲けしているような匂いがする。

ところで、思い出すのは、ワタシが若かりし頃、法務省の役人をしていた時代があって、この南青山5丁目にあった東京矯正管区で新任技官の研修を受けた記憶があります。

1週間くらい泊まり込みの研修で、毎朝、6時あたりになるとグランドでラジオ体操をしました。周りの高級マンションの人たちは、嫌な思いで眺めていたことと思います。

いつから、この地に東京矯正管区があったのはwikiでは見つかりませんでした。明治25年の地図を見ても、あたりは渋谷村、原宿村、目黒村となっていますが、かろうじて、このあたりは「青山南丁五丁目」となっていますから、少しは町らしかったのかもしれません。

かの新宿も「豊島郡角筈村」で「停車場」と書かれています。渋谷村から角筈村までには停車場が見当たりません。法務省の矯正管区が来たのだから刑場でもあったのかと思いましたが、そもそも古い地図は字が読めません。

東京矯正管区があるよりは児童相談所のほうがよっぽどマシですが、千兆も借金のある国が、なぜ、少しでも高く資産を売却しようとしないのかには釈然としないものを感じます。

児童相談所ができたら、子どもたちの思い出が青山になるのだから、それはそれでいいことではないでしょうか。

銀座の公立小学校の制服がアルマーニなのですから、いっそ、近くの公立小学校の制服を「ドルチェ & ガッバーナ」にすれば話題作りになりそうですね。

青山5丁目の「東京矯正管区」というと、忘れられないことがありました。

一泊した翌日の朝一番の研修で、当時、「天皇」と言われた矯正局の作業課長のお話の途中で居眠りして廊下に出されてしまいました。

管区は我々現場にとっては、上級官庁で、その管区の作業課にとって局の作業課長のありがたいお話の途中で居眠りするなどとはもっての外のことで、結構な大事になり、管区の作業課長・係長が局の作業課長に謝ったりで、騒動になったことを思い出しました。

南青山5丁目は、ワタシにとっても思い出の土地でもありました。

「男児志を立てて郷関を出ず、学若し成る無くんば復還らず、骨を埋むる何ぞ墳墓の地を期せん、人間到る処青山あり」

ここでいう「青山」とは、すなわち「墓地」のことだそうです。そもそも、青山に霊園が出来たのはいつなのか調べてみると明治5年なんですね。

しかし、この漢詩を詠んだ「月性」は安政5年に亡くなっていますから、彼の言う「青山」は、おそらくは青山霊園を言うのではなく、墓地のことを「青山」と呼ぶ根拠があるのでしょう。

しかし明治早々に、青山に広大な墓地を作ったということは、そのころの青山は、その程度の価値しかなかったということですから、これから人口が減少する中で、価値を失っていく土地も少なからずあるわけで、万一、首都が移転でもすれば、墓地としての「青山(せいざん)」に帰することとなるのでしょうか。

キーワード