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科学

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普遍文法の存在有無

さぼ郎
言葉

チョムスキーというヒトが唱えた「普遍文法」が破綻しているという記事がありました。

掲載しているのは日経サイエンスで、2017年5月号です。日経サイエンスという雑誌は舶来信仰で、簡単に言い表せる記事であって、冗長で持って回った言い回しでさっぱり意味がつかめないことが往々にしてある雑誌です。

投降している先生たちも、およそ一流というレベルのヒトは少ない感じのする雑誌ではありますが、ざっと目を通すと、なんだか科学に触れているような錯覚を与えてくれます。

「普遍文法」とは、
全ての人間が(特に障害がない限り)生まれながらに普遍的な言語機能 (faculty of Language) を備えており、全ての言語が普遍的な文法で説明できるとする理論。
とのことですが、脳神経の構成や発達、また、信号の制御、それらをコントロールする内分泌のやり取りなどを考えると、そもそも生得的文法が生物の脳の中にあると考える方に無理があるような気がします。

で、新たな考えとして提唱されているのが、「対象を分類する能力」「物事の関係を理解する能力」「他人が何を伝えようとしているのかを把握する能力」の組み合わせで言語を習得していくという考えだそうです。

社会

子どもたちは社会的相互作用と様々な構文を使う経験から、習得言語に磨きをかけているわけです。不思議な事は、言語の習得に年齢的な制限があることです。

おおよそ10歳までに言語を習得しないと、それ以降に言語を習得することは難しいらしいということです。「言語の臨界期」と言われる仮説で、脳の発達との関連で証明されているわけではないようです。

しかし、親の海外赴任についていく子供のほうが発音だけでなく、言語の習得が早いことは事実で、生物的な脳の発達と言語の関連は間違いのないところでしょう。

動物の進化の過程で「」の獲得が、大きな分水嶺になっているらしいです。そして、ヒトが他の動物と大きく異るのが「言語」のい獲得であることは間違いのないところです。

民族の優位性において、知能指数とか想像力など、遺伝に起因する物があるかもしれません。例えば身長など、アジア人は西洋人に対して背が低いわけですので、様々な能力においても、有意差があるのかもしれません。

遺伝

遺伝的形質を除くなら「言語」の違いによる思考力の差は、きっとあるだろうと思っています。漢字と仮名を併せて音読と訓読を混在させている日本語が持つ、他の言語に対する優位性は、きっとあると思っています。

人工知能の世界では「シンギュラリティ」といって、要するに人工知能が人間の能力を超える特異点のことだそうです。斉藤元章さんという人の話では、スパコンが今の千倍くらい高速になると、パターンから法則性をみつけ、スパコンが仮設を立て、スパコンが検証する時代になるのだそうです。

2015年の対談で、あと5~10年で「プレ・シンギュラリティ」が起こるのだそうです。つまりは2020年から2025年まで間。

もし、斉藤さんの考える人工知能が出来上がってくると、その人工知能に意識が生まれるかはわからないとのことです。

現在、AIというとソフトとしての解決のようなつもりでいますが、コンピュータの集積度には限界がありますが、斉藤さんの考えでは集積を3次元にすることと、ニューロンに匹敵するCPUコアよりも、シナプスに匹敵するコネクションに着眼している点が、なんだか実現を予感させます。

対象を分類する能力」「物事の関係を理解する能力」「他人が何を伝えようとしているのかを把握する能力」がスパコンで計算できるようになれば、小説を書いたり、俳句を作ったりすることができるのかもしれません。

感情と言語は切り離せない関係にあると思うので、シンギュラリティ」の後なのか先なのかは分かりませんが、感情モデルのシミュレーションなども装備されくるはずです。

感情

そんな時代は、嫌であろうが歓迎であろうが、確実に来るはずで、それが人類の繁栄に繋がるのか、はたまた破滅につながるのかを見届けることが出来ないのが残念です。

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