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あれこれ

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コンサートをハシゴした

さぼ郎
2018年9月10日は、コンサートを2つハシゴしました。

一つは、杉並公会堂で開演されたオーケストラ・フォルチェの定期演奏会で、ブラームスの2番を聞いてきました。

ファリャの「三角帽子」というのもやったのですが、バレー曲だそうで、バレーがなければ、なんだか、散漫な感じがして音楽としてはあまり面白くはありませんでしたが、技術的には難しそうな演奏でした。

ブラームスの交響曲はあまり聞かないのですが、なかなか盛り上がってよかったです。

で、会場を後にして荻窪から池袋に移動して、芸術劇場で豊島区管弦楽団コンサートのチャイコフスキーのピアノコンチェルルトと交響曲6番「悲愴」を聞きました。

コンチェルトは冨永愛子さんによる演奏でしたが、圧巻でした。力強いし、繊細だし、正確だしで、凄いものだと思います。

アマチュアからだんだん上手くなってプロになる なんてことは滅多になくて、プロは、最初からプロとしてに道を歩んでいるものだと思います。

しかし、チャイコフスキーのコンチェルト自体がどうなのか と思うと、やはり、凄いとは思うものの、好きではない感じです。

ここで、チャイコフスキーのおさらいです。

チャイコフスキーは1840年に生まれています。日本でいうと天保11年。将軍は家斉、家慶あたりの時代です。

19歳で法律学校を卒業して法務官として勤務していますが、1861年に音楽協会のクラスの入学し、法務官をやめて本格的に音楽の道を歩みだします。

1875年にピアノコンチェルト第一番を作曲し、1876年には大富豪のナジェジダ・フォン・メック夫人から資金援助を受けるようになり14年間続くも、1890年に援助を打ち切られる。

この夫人とチャイコフスキーは一度も合っておらず手紙だけのやり取りだった。

「白鳥の湖」は1877年。「悲愴」は1893年。「悲愴」の初演後9日で死去。

ピアノコンチェルトが曲芸的なのは、リストなどにも共通しますが、チャイコフスキーは成人してから音楽教育を受けているので、ベートーヴェンやモーツアルトとは、コンチェルトのあり方がちょっと違うかなと思います。

wikiによればピアノ・コンチェルトもバイオリン・コンチェルトも「白鳥の湖」も「悲愴」も初演の評判は芳しくなかったようです。

wikiによれば
不評の理由は作品のもつ虚無感と不吉な終結によるものと思われる。しかし、世評を気にしがちなチャイコフスキーも『悲愴』だけは初演の不評にもかかわらず「この曲は、私の全ての作品の中で最高の出来栄えだ」と周囲に語るほどの自信作
だったようです。

なんにしても、人類が生存している限り残る楽曲をたくさん作っていて、いまでも多くの感動を与えているのですから、芸術とは大したものですね。

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