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あれこれ

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アウトプット雑感

さぼ郎
まず、アウトプットについて。

アウトプット大全」という本を買ってきて、朝、15分程度ずつ読んでいましたが、いよいよ終わりに近づいています。

ちょうど、「アウトプット」について考えと行動を起こさないとと思っていた所だったので、本屋で見つけて早速、アマゾンで買いました。

学びを結果に変える って?

インプレスの「いちばんやさしい」シリーズにも似て、基本的には見開きで完結するパターンで、キーメッセージがあって、サブタイトルと記事。サポートするためのイラストとか図版が入ります。

判型が小さいのにページが多いので、機能的にはちょっと読みにくいですが、文章は平易で、なかなかいいと思いました。

難点を言うと、80の項目は多すぎで、せいぜい50くらいに絞るべきと思ったことと、「学びを結果に変える」というサブタイトルは、本の内容とは少し違いがあるように思いました。

ようは、情報過多な現代に於いて、いかに取捨選択するかがまずあるべきと思います。

次に、インプットを意識した情報に関しては、自分なりにフォーマットを決めてアウトプットすることを習慣づけることが必要ということ。

しかし、例えば自分の例では、この間まで読んでいた本が陸軍の経済抗戦力のような内容で、アウトプットのしようもありません。更に、その前に体系的に読んでいた本は中世の南北朝時代や道元の生き方などで、これらもアウトプットはせいぜい、感想文をまとめるくらいしかアウトプットのしようがありません。

さらに、今読んでいる本は江戸時代にあった切支丹屋敷の跡から出てきた人骨がシドッチという宣教師の骨と思われるという国立科学博物館の研究者の本ですので、これとて、「学びを結果に変える」ことはできそうにありません。

つまりは、「学び」を「結果」に変えるとは何を意味しているのか。その「結果」につながるアウトプットの仕方は、どうすればいいのかが明確に書かれていなければ偽りがあるように思います。

最近の本のタイトルには、ちょっとそうした傾向が多く見られ、扇動的なタイトルによって内容との齟齬が生じているような場合も少なくないように思います。

著者は精神科のドクターだそうで、そんな観点から売れ筋に使えると出版社は捉えている感じが少なからずありますし、著者自身がそうしたウケを狙っているようでもあります。

結果や行動につながらない学びって、少なくないと思います。直近ではヒトに勧められて与謝野晶子の「私の生い立ち」というのを読みましたが、これから学んだことはいくつかありますが、その一つは明治という時代は、現代につながると言うよりは江戸時代とのつながりが密であったんだなという雰囲気でした。

しかし、この学びは、どう頑張っても「結果」には繋がりません。

つまり、「結果」に繋げるための学びとは、多くの場合は「行動」を伴なうことと思います。

となると、「仕事」とか「金儲け」とか「売上」というキーワードと学びを結果に変える」は、親密度が高そうに思います。

単純化してしまえば、「アウトプット」とは「行動喚起」のことであり、「行動」すれば、必ずと言ってもいいと思うのですが、「結果」がでるわけです。

多くは「スカ」を食いますが。

そして、スカ食うことが多いのでめげるわけです。ナイーブなヒトは、そこを乗り切ることが難しいようで、そんなヒトが「アウトプット大全」に好意的な書評を上げている感じがします。

その結果は、成功もあれば失敗もあるのですが、どちらにせよ、何がしらかの結果がでる。そこで「継続するのか」「やめるのか」「手直しするのか」の選択をするわけですが、その選択においても記録していくことで、資料化していくことができるわけです。

テレビドラマなどで上司が「結果を出せ」と迫るシーンがありますが、その場合の「結果」は「成果」と意味していますが、多くの場合は「成果」には繋がりません。

プロのバッターでさえ3割は難しいのですから。

成果が出ようが出まいが「行動」の第一歩が、なかなか踏み出せないし、どの方向に踏み出せばいいのかもわからないケースが多いわけです。

ここの克服に対して明確なサジェスションがあれば、もっといい本になったように思いますが、アマゾンの書評を見る限りでは、あまり類のないくらい高評価です。

つまりは、「アウトプット」に対する希求がかなりあると感じました。

アウトプット・マーケティング」のようなタイトルで本を企画すれば出版化の可能性があるように思いますし、そこそこ売れそうに思います。

とりあえずの結論

アウトプット」≒「行動喚起」とする場合で、最も忌避すべきことは、無意味な「インプット」を極力最小限にするべきことでしょう。

無意味なインプット」とは、面白くもないテレビをみること、無意味と思えるのを承知でヒト付き合いをすること、SNSやスマホをいじること、インターネットに多くの時間を割くこと。

とくに、インターネットへのアクセスには自分で制限を設ける必要があります。YouTubeみてもアウトプットには一切繋がりませんし、ニュース見て内閣の顔ぶれ見ても、これまたアウトプットには一切繋がりません。

趣味や教養を除けば、アウトプットのないインプットは、とりあえずムダとして極力「排除」すべきと自分に言い聞かせています。

これらを極限まで減らすことができれば、それだけで(なんにもしなくても)、精神的にも健康的にも、いい時間を持てると思います。

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