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ワードのアウトライン使って本を読む

本の要約にアウトラインは使えます

さぼ郎
wordのアウトラインを使うと会議の議事録や報告書など、とてもまとめやすいということを以前に書きました。

アウトライン
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そんなアウトラインを使って、本を読みながら著者の考えをまとめる訓練に使っています。

生きているとはどういうことか

例えば、いま、筑摩書房の「生きているとはどういうことか(池田清彦)」という本を図書館から借りてきて読んでいます。

読書例
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本にすると上記のような、一見、文字の羅列になります。

アウトライン
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ようは、要点だけ抜き出してしまうわけです。この段階ではスタイルを付けていませんが、本当は、予めスタイルを想定しておくほうがいいようです。なぜなら、「見出し1」にぶら下げる文章と、「見出し2」にぶら下げる文章では、恐らくインデントや文字級数が違うからです。

「標準」は、「本文」しか無いので、予め作っておくほうが後の手間が少なくて済みます。「見出し1本文」「見出し2本文」のようにしておけば、要約作りながら、スタイルもあてて行けます。

ということで、今日は、「生命はいつ誕生したのか」です。

地球が誕生したのは今から46億年前とのことです。その地球にどうやって生命が誕生したのかについて、この本の第三章で書いています。

地球

もちろん、人間が人工的に生命を作ったことはないし、自己複製できる生命体を、これからも人間が作れるとは思えませんので、ここに書かれている話は、あくまでも想像のことです。

生命が作られるためには、まず、アミノ酸が必須です。そのアミノ酸は、熱水と冷水を斑にして短いペプチドを作り、それを重合させてポリペプチドが作られるそうです。

それが、たまたまであれ、立体構造になるとタンパク質になるまでは、実験室で成功しているようです。

立体

自己複製するためには設計図であるDNAが不可欠になりますし、DNAがDNAを複製するための酵素も無ければなりません。

不明1:安定した自己複製機能の獲得が不明

しかも、それが同時的に無ければ生命にはなりません。DNAという安定した組織が出来る前は、RNAだったことが予想されています。どういう時間の順序だったかは不明ですが、まず、海底の熱水噴出孔近辺で最初の生命体(バクテリア)が誕生したという見方が有力だそうです。

DNA

つまり、エネルギーは温度からもらい、他に求める有機物が有るわけでもないので、自らが有機物を産出していた。それを数億年続けている内に、29億年前に南極と北極ができたことで、磁力によるバリアが宇宙線を和らげられるようになる。

極点ができることで、海水が凍ると、氷は真水に近く、その分、氷の付近の海水は塩分濃度が上がるわけです。塩分濃度の違いから上下階流が生まれ、当然、水温分布による海流も生まれるわけで、宇宙線の届かない海底に発生していたバクテリアが海面に上がってきては死滅していくわけです。

北極

そんな中にも、宇宙線による突然変異がうまれ、シアノバクテリアが誕生します。葉緑素は、比較的簡単に発生させられるようですが、光合成がどのようにして生まれたかはいまだにわかっていないそうです。

不明2:炭酸同化作用の獲得が不明

とはいえ、シアノバクテリアと葉緑素が複合したことは、ほぼ推測されており、そこから光合成が誕生します。炭酸同化作用を獲得するまでには、とてつもない試行錯誤がなされていると言われています。

ようは、簡単に作られるような機能ではないということ。ともかく、光合成を持つバクテリアが誕生したことにより地球環境は激変していきます。炭酸ガスから酸素を何億年もの間、産出し続けて現在に至っています。

嫌気性の生物は死滅して、好気性の生物の天下になるわけです。ミトコンドリアなども、酸素呼吸をする生物として誕生しているわけです。

細菌

21億年前には原核生物から真核生物が誕生します。その有力な説が「細胞共生説」です。例えば、我々の細胞においてもミトコンドリアが共生していますし、葉緑体も葉緑素にバクテリアが共生していることはDNAレベルで証明されているのだそうです。

不明3:多細胞動物の誕生が不明

真核生物が生まれてから10数億年経過して、やっと多細胞動物が出現してきます。

細胞

この多細胞動物の複雑さは、筆舌に尽くしがたいです。更に、生物は有性生殖を獲得し、また、そこから何億年という歳月の結果としてサルだのチンパンジーだのが誕生してくるわけです。

岩石しか無かった地球に様々な鉱物や資源が豊富にあるわけですが、例えば鉄鉱石なども、海中に溶けていた還元鉄をシアノバクテリアが産生した酸素と化合して海底に沈着したものだそうですし、セメントの原料である炭酸カルシウムも生物がカルシウムと二酸化炭素を結合させた結果だそうです。

石油

生物が大きくなり植物となり、その植物が堆積して億年の歳月から石油や石炭になったものをヒトが文明の代償としてわずか100年、200年で枯渇させようとしているわけです。

ここに紹介している生命誕生の流れは、あくまでも推測に過ぎません。大きな不明点が幾つもあり、その不明点を端折って、その前後を説明しているわけですが、それが事実であれ、間違いであれ、結果として今のような多様な動物の世界が地球に誕生しているわけで、「摂理」の振る舞いに比べたら、ヒトの知性なんてつくづく痴れたものだと思わざるをえません

星が何兆とあれば確率として生命が発生することなのか、あるいは、この宇宙に唯一の出来事なのかも、分かりません。

宇宙

ただ、言えることは、本を読みっぱなしにせず、要点をWordのアウトラインに記載しておけば、少なくとも読み返すことができるという話です。

図書館から「モラルの起源」という本も借りているのですが、翻訳本によくあることなのですが、400ページも有り、読む気もしません。出版社のヒトは、小説以外は、200ページ前後にまとめることを心がけるべきだと思います。

皆が皆、学問を志しているわけでもありませんから。

過日、海外経験の多いヒトから「神は存在するか」という投げかけがありましたが、我々日本人の多くは「神は人の心にある」としか言い様がないわけです。

熱烈なキリスト教徒は、地球は6千年前に作られヒトはアダムとイブから誕生したことになっているそうです。46億年前と6千年前との違いが大きいか、誤差の範囲なのかは、考え方次第ですが、科学的究明のみが、人間真理の絶対的価値でもないような気がしています。

誰が考えたってバクテリアからヒトになるとは考えにくいですが、0.1ミリの卵子に50~60ミクロンの精子が受精することで10月10日で60兆の細胞で構成された人間が誕生することは間違いがありません。

赤ちゃん

人の知性で解明できることなど、わずかのものでしか無く、歯噛みしたところで完成しない知識を探求する姿は、金銭欲と何ら変わらないと荘子は指摘しています。

ユダヤ人だけの社会を作れば刑務所はいらないと思ってみても、イスラエルを建国して早々に刑務所が必要になりました。

自分一人だけでは何もできない社会のなかで、各人が利己の世界に閉じこもることが安寧な社会を作れるわけでもなさそうですが、利他という不安定な作用なら余計に安寧な社会は出現しそうもありません。

地球

現在のハビタブルゾーンは真ん中の位置だそうです。随分、生存ラインの内側に寄ってきています。あと、17億年もすると完全に生物が住めない地球になるようです。

50億年すると太陽が熱を発することができなくなり超新星爆発をするとか。

種を守るために獲得した知性で10万年。その「知性」故に滅びるとしても、摂理からすれば淘汰の一環でしか無く、適者生存のフルイにかけられるだけのことです。

この世をば どりゃお暇に 線香の
煙とともに 灰左様なら

十返舎一九でも読もうかな、ワードのアウトライン使って。

「進化には目的がない」と言われますが、結果として合目的な変異のみが採択され適応してきています。

では、現在、地球上に生存しているすべての生物が環境適応として最適化されているのかというと、自分の所属する種であるヒトだって、まだまだ進化の余地がたくさんあるような気もします。

違う見方をすれば、じつは進化には合目的性などないのかもしれず、誕生してしまった生命体が、いかに環境適応していくかの順応において、合目的性が生まれてくるのかもしれません。

例えばDNAのような複雑な仕組みが、徐々に生まれてくるとは考えにくいし、仮にDNAという連鎖がたまたまできたとしても、そこからタンパク質を作る仕組みや酵素がなければ、DNAはなんにも役には立たないわけです。

では、すべての仕組みが包括的にそこにあって、それらが徐々に機能アップしていったのかとなると、単なる偶然にしては出来過ぎのような気もします。

ここの発生の仕組みが分かれば、光合成や体細胞生物への展開は、もう少し説得性を帯びてくるような気もしています。

ちょうど、宇宙を理解する立場として「人間原理」というような考え方があるようなことに似ていると思います。ホーキングさんの考えによると「逆転する時間」というのもあるらしく、単に人間が観測できないだけの事象のようです。

また、量子を構成しているさらに下のレベルである超弦理論によれば、次元は9次元ないし10次元あって、その中の肥大化した3次元に我々の宇宙が存在しているというのです。

つまり、すべての認識は「人間理論」に基づかなければ成立しないわけです。しかし、摂理の世界は、必ずしも「人間理論」に基づいているわけではなく、因果関係を持たない存在があっても、それは単に理解が及ばないということにしかすぎないように思います。

人間原理

違う言い方をするなら、「ヒトの知性はなぜあるのか」という所にも関わることであって、「宇宙がどのようにしてできたのか」とか「生命がどのようにして誕生したのか」などを考えることと、アダムとイブがヒトの素になっているという考え方とで、ヒトの思考や価値観のすべてが変わってしまうわけではないような気がしています。

「神はいると思うか」という質問を投げかけられてから、ずっと考えていますが、「正義」や「愛」や「友情」は「ある」わけですから、「神」だって「いる」わけです。

「正義」や「愛」や「友情」は信じるからあるわけではないのだから「神」だって信じるから「いる」わけでもないということになります。

「自分」という存在だって、寝て夢で蝶々を見ている自分(実態)と、夢の中で飛んでいる蝶々が見ている寝ている自分(夢想or観念)とを比べてみれば「人間原理」からすれば、同一ともいえるような気がします。

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