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ぐるっと、あきばおー江東店からコーナン深川店まで

さぼ郎
この暑い中、昨日(2018.8.6)、ぐるっと江東区を旅してきました。アイキャッチ画像は「セミ」です。一生懸命鳴いていたので写真を撮りました。

図1地図

USBのメモリなんですが、100個ほど必要になって「価格.com」で調べると、たいがい、「あきばおー」が最安値です。

で、今回も16ギガでUSB3.0のインターフェースで探したら「あきばおー」が500円+税で最安値でしたので、電話したら江東店に取りに行くように言われました。

図 USB

秋葉原なら徒歩圏なんですが、意を決して江東店まで取りに行ってきました。

地図で見ると「木場公園」という広大な公園に面しています。この木場公園の北側に「東京都現代美術館」という美術館があります。単独の美術館としては床面積は日本で最大だそうです。

磯崎新さんいよれば東京都の5大粗大ゴミの一つが、この東京都現代美術館です。言ってみると分かりますが、本当に、粗大なゴミを作ったもんだと感心してしまいますし、なんといっても稼働率がとっても低そうです。

どうすれば、こんな無駄なものを作ろうということになるのかは分かりませんが、どのみち、都の役人やら議員やらの利権でことが動いているのでしょう。

図2 写真

前に行ったことがあって、たしかに、なんだか薄汚れてもいるし、展示も残念な気がしましたが、なんといっても、最寄りの駅から、夏なら命がかかる程遠いのが、とても「現代美術」という雰囲気とはかけ離れている気がします。

「現代美術」というなら、区で言うなら、渋谷区か港区か新宿区、せいぜいで豊島区あたりが限界で、墨田とか葛飾とか江東ではないような気がします。むしろ、木場公園に作るのであるなら「伝統美術館」にするべきだったように思います。

wikiで調べてみたら、
トーキョーワンダーサイトの運営事務局も同館内に置かれている。
のだそうです。といってもピンとこない人もいるでしょう。前々都知事の石原さんの四男坊が「余人に代えがたい」として東京都から報酬を払ったり海外出張費を払ったりしていたことで有名になった、なにやら怪しげな芸術家支援の組織です。


本日、近くまで行ったので眺めてみたら工事中の柵がしてあり、流石に、見に来る人もいないので壊すのかと思ったら、工事のため休館中だそうです。てっきりオリンピックとかで、何かの施設にでもするのかと思ってしまいました。

図 休館中

休館していようが開館していようが、ほとんど影響がないのが残念です。

で、「あきばおー江東店」でUSB100個受け取り、今回の旅の目的の一つは間宮林蔵のお墓を探すことで、それはすぐに見つけられました。

図 間宮林蔵

間宮林蔵といえば、樺太を調べたこと(島であることを発見した)、間宮海峡を発見したこと、大陸に渡ってアムール川(黒竜江)の河口の街にまででかけていること、実は幕府の隠密だったこと、石州浜田藩(島根県浜田市)が竹島(当時の認識における鬱陵島)を経由して密輸をしていることを町奉行に報告し検挙していること、シーボルト事件を幕府の報告したこと。

最後のシーボルト事件では、高橋景保(高橋至時の息子)が獄死しています。高橋至時は1804年に亡くなっていて、息子の景安は1829年に獄死。伊能忠敬は1818年。高橋至時、景安は伊能忠敬の師匠で、3人のお墓は源空寺にあります。

そんなこんなで、間宮林蔵にはあまりいい印象がなかったのですが、とはいえ、あの時代に、北海道はもとより樺太、ロシアまでアイヌ語を覚え、凍傷になりながらも探検していることや、幕府の密偵として探索していることなどを思えば、シーボルト事件を、林蔵がどのように捉えたのかは色々な考え方ができると思います。

で、次は小津安二郎。小津は、深川区万年町で明治36年に生まれています。

写真 小津

この裏のあたりに「コーナン江東深川店」があるので、写真を撮ってからコーナンで板を2枚買って、都営大江戸線「清澄白河」から「森下」、都営新宿線「森下」から「馬喰横山」、都営浅草線「東日本橋」から「浅草橋」とすべて都営で帰ってきました。

ちなみに汗まみれ。

ついでに、清澄庭園との堺に流れているのが「仙台堀川」

写真 仙台堀川

このあたりに伊達藩があったとかで、物資の搬入のために掘ったようです。清澄庭園は、もとは紀伊国屋文左衛門の屋敷跡だったようですが、享保年間に下総関宿の久世氏の下屋敷になって、明治には、岩崎弥太郎が買い取ったそうですが、どのみち二束三文で裏から手を回したのでしょう。

仙台堀川の橋の袂には芭蕉の銅像がありました。彼は、このあたりに庵を作っていたようで、縁があると江東区では申しております。

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