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雑感

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さてさて、本当の雑感

さぼ郎
まず、映画です。

たまたま、GEOに行ったら、3日限りで新作も、準新作も100円だったので、「ハーレイ・クイン」というを借りてみました。



まず、世代感覚の違いなのか全く面白くなかったです。時間つぶしにもなりませんでした。

意味のない暴力と、意味不明な正義と、あんまり悪党らしくない悪党。意味不明のボーガン使った女の殺し屋など、脈絡のないことでは最高潮ではありますが、一貫したストーリーが感じられませんでした。

ようは、作者の言わんとするところを感受することができませんでした。

次は、「1917」。

これの予告をYouTubeで見て映画を見に行こうかと思ったのですが、コロナだし、いざとなると映画も結構面倒でほっといたのがDVDで借りられるというので100円で借りてきました。



1917年」といえば、第一次世界大戦です。第一次世界大戦といえば「They Shall Not Grow Old」というDVDをamazonから買ったらスウェーデンから届きましたが、こちらは本物の映像ですが、「1917」は作り物です。

さて、戦争スペクタクルとすれば時間つぶしになるのかもしれませんが、製作者の製作意図がつかめませんでした。

「ワンカットで全編撮影した」というウタイ文句ですが、それって見るほうには関係がなく、「面白ければいいや」というのが狙いかなとしか思えませんでした。

特に第一次世界大戦は、壮絶な肉弾戦で「柔らかいものを踏めば死体か内蔵だった」というような戦いだったようです。「西部戦線異状なし」なんてのも第一次世界大戦だったと思います。

They Shall Not Grow Old」では、映像に移っている全ての人は戦争で死ななくても間違いなく120歳以上のはずですから、映像以降には「grow old」にはならないのですが、本当に生きていてそして今はいない人たちという真実があります。

1917」に真実を求めはしませんが、1600人がドイツの罠にかかりそうだから止めろという大将の伝令を、単に若者二人に「ちょっと行ってこい」という軽い感じでの命令があるとも思えませんでしたし、飛行機の落ちるシーンは見せ場ですが、そのあとのドイツ兵の悪さも、いまだに日独が欧米から見られているであろう、悪徳の権化のような展開はいただけないと思いました。

戦争の映画を作る以上は、「反戦」を明確にすべきなのが今世紀の人間の知性とすべきと思うと、「1917は実に失敗の何物でもないと感じました。

作る前になら、相談に乗ってあげられたと思うものの、どうしてこんなつくりにしてしまったのか残念です。

それ以外に「チェット・ベーカー」というトランペット吹きの「マイ・フーリッシュ・ハート」を借りましたが、ストーリーが暗いので30分くらいのところで中断しています。



とりあえず、図書館にチェット・ベーカーのCDを3枚予約してあり、浅草橋の図書館に届いていますが、まだ、取りに行っていません。

次は「ダンサー そして私たちは踊った」です。



まだ、最初の15分くらいしか見ていませんが、どうも同性愛になっていくようです。

ジョージア(昔はグルジアと呼んでいたが2015年からジョージアと公式に呼ぶようになった)の国立舞踊団のお話。

どうして同性愛になるのかは不明だけれど、その手の話は結構苦手なので最後まで見るかは不明。

とはいえ、バレーといえば、やはりあちらのことでしょうし、お金に困りアルバイトしながらの練習は大変そうで、何するにしても日本は恵まれている代わりに生きるインパクトを喪失しているのかなとも思います。

安倍さんが体調不全だそうで、政権が変わるのだそうです。

嘘か本当かは不明ですが、明治になって最初の内閣総理大臣を誰にしようかという段に血筋から三条実美が登場してきますが「英語」ができるといことから伊藤博文が任命されたのだそうです。

頓活

遣欧米使節団における伊藤の「日の丸演説」は、現地のアメリカ人に通じなかったという話もありますが、ともかく人前で話そうとする意志はあったわけです。

これからの日本のかじ取りは、香港問題とウイグル自治区における人権弾圧、法輪功やキリスト教への宗教弾圧などの中共に対する立ち位置を明確にしなければ国際的な潮流から離れることにもなりかねず結構難しいのではないかと思います。

国内的には野党はいないのも同然なので、適当にあしらえばいいレベルですが、国際諸問題(特に中共の専横)、コロナ対策そして、官僚放埓の是正。

いまの日本の政治家(特に力ない政治家に限って)は官僚に操縦されているので、官邸官僚にとっての自民党政権は、天国のようなものです。それくらい、政治家の質と能の低下は目覚ましい(?)です。

安倍さんは、まず静養して体調を戻してからモリトモ、カケ、サクラをきっちりと白日の下にさらして白黒つけるべきでしょう。間接的ではあれ、一人死なせていい死に目は来そうもありません。総理大臣就任中の罪業を少しでも清めることを、残りの人生のメインテーマとするべきでしょう。

モリトモ、カケ、サクラ」などは、きっと氷山の一角でしかなく、もっともっとワタシのような凡愚の目に触れないところで驚愕するような悪事の数々を働いていたことは想像に難くはありませんが、それが一党独裁、長期安定政権が持つ緩みであり、いわば人間の弱さなのでしょう。

権力の周りには、必ず悪い筋の者たちが群がり、ほぼかならずといっていいように、このようなザマになります。

なぜ、江戸時代は市井の学者がこぞって儒学を学んだかという本を読んでいますが、市井の人々が聖人君子になろうとする学問を学んだところで何の役に立つのかという疑問は常に感じていたと思います。

しかし、そうした学問を学ぶ人、教える人が市井に満ち溢れていたことが、幕末から明治の日本の力になったことは間違いのないところです。

それからすれば今の日本では上から下まで、ちっと無理 って感じです。「日出る国」はかつての話で間違いなく「日没する国」へと確実な一歩を歩みだしているのが、今の自民党政治&官僚政治であることは間違いのないところです。

頓活

金子という元国会議員(元国会議員の亭主が浮気をして議員を辞職した)がお笑いタレントが安倍さんの退任を揶揄したということで「総理になってから言ってみろ」というようなことをテレビで発言したらしいです。

言わんとする趣旨は分かりますが、そうなるとだれも政治に対しては何も言えなくなってしまいます。明治早々の時期に「蛙鳴群(あめいぐん)」と名付けた結社を作った人がいたそうです。

我々はいわば一匹の「蛙(あ)」でしかありませんが、それが全国的な群れになって鳴けば政治が動くわけです。

総理になれば体調不全であろうが、友達に学校作ってやろうが、女房が名誉好調になって異常な土地代金の値引きがあろうが、あれやこれや言われるのは宿命です。

それ承知していなければ総理大臣になろうとも思うはずもなく、それをとやかく言うのを援護するのも安っぽいアピールかな って思ってしまいます。政治の世界は打算でしかありませんから。



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