PAGE TOP

歴史的

印刷する

呵責

さぼ郎
呵責」とかけば、一般的には「良心の呵責」となる。

頓活

呵責」を調べてみると仏教の言葉とのこと。闘争を好む比丘に対して教団が「呵責」というバツを与えたという記録があるらしい。いつのことだかは不明。

単に「呵責」といえば、偉い人が罪を犯したものへの罰として与えるもののようです。偉い人から罰を与えられる前に自ら自責の念に駆られるのが「良心の呵責」ということになります。

自らを責めるだけの「良心」があればの話ですが。

「全て佐川局長の指示です……」。

頓活

これは、近畿財務局で上司から決済文書の改ざんを共用され、後に自死された赤木さんの遺書にあった言葉です。

佐川元局長はじめ、実名が出ている人達がいます。
〈楠敏志近畿財務局管財部長に報告し、当初は応じるなとの指示でしたが、本省理財局中村総務課長をはじめ田村国有財産審理室長などから楠部長に直接電話があり、応じることはやむを得ないとし、美並義人近畿財務局長に報告したと承知しています。
美並局長は、本件に関して全責任を負うとの発言があったと楠部長から聞きました。〉
〈本省からの出向組の小西次長は、「元の調書が書き過ぎているんだよ。」と調書の修正を悪いこととも思わず、本省杉田補佐の指示に従い、あっけらかんと修正作業を行い、差し替えを行ったのです。〉
〈刑事罰、懲戒処分を受けるべき者〉として、〈佐川理財局長、中尾睦理財局次長、中村総務課長、冨安泰一郎企画課長、田村国有財産審理室長ほか幹部 担当窓口の杉田補佐(悪い事をぬけぬけとやることができる役人失格の職員)〉
真偽の程は不明ですが「当時法務省事務次官だったこの黒川氏が官邸の意を受けて捜査ストップに動き、山本真千子・大阪地検特捜部長(当時)と裏取引をおこなったという情報」もまことしやかに流れています。

ちなみに、山本真千子さんは、この後函館の検事正としてご栄転したとなにかの記事に書かれていました。

これらの人々には、「呵責」という罰を与える組織や権力者は、おそらくいないでしょう。なぜなら、「呵責」を与えるはずの偉い人のためにやっていることですから。

最高権力者を守るために忖度したわけですので、赤木さんの自死は計算違いだったかもしれませんが、それ以外にはなんら悪いことをしたという意識は皆無と思います。

よって、皆、それぞれに出世をしていると報道されています。

頓活

いまさら、赤木さんの自死に対して「良心の呵責」を持って、事実を告白するようなことがあれば、政権が飛ぶようなことにもなりかねません。それはそれで「呵責」にもなりそうですし、下手をすれば役人を辞めなければならないことにもなりかねません。

昔、公務員をしていたとき事情は忘れてしまいましたが「責任を取りますよ」といった所、上司が「責任取ると言ったところで君は辞めるだけだけれど、連座した人間の人生まで責任は取れないだろう」というようなやり取りがあったことを思い出しました。

つまり、近畿財務局で「不法に安く国有地を売ったこと」「決裁文書から安倍昭恵の名前を消したこと」をしてしまった以上、自供しても連座するヒトへの「呵責」、黙っていれば赤木さんへの「良心の呵責」があるわけです。

となれば、「知らぬ存ぜぬ」で「良心」を何とかさえすれば「呵責」からは逃れられます。これが、大人の解決なのでしょう。

頓活

マハトマ・ガンジー(1869-1948)は、60年前に今日の社会を見通したかのように、世を荒廃させる「七つの社会的大罪」を挙げている。すなわち「理念なき政治」「労働なき富」「良心なき快楽」「人格なき学識」「道徳なき商業」「人間性なき科学」「献身なき宗教」である。

安倍政権には、「理念なき政治」
官僚たちには、「人格なき学識」

がピッタリと当てはまります。しかし、両者ともに、すこし度が過ぎていやしませんか?

頓活


キーワード