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歴史的

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藤原氏という一族

さぼ郎
藤原氏」という中公新書を、この3、4ヶ月くらい図書館から借りてきています。正確に言うと2週間+延長で2週間なので、4週経つと1度返して再度借りるということを繰り返しています。

頓活

ご承知の通り、「藤原」といえば中臣鎌足が中大兄皇子と仕組んで蘇我入鹿を暗殺し、中臣から藤原姓をもらうあたりが藤原氏の起点となります。

次が不比等で、不比等に4人の息子がいてそれぞれが、南家、北家、式家、京家の4家に別れ、最初は4家が揃って権謀術数の限りを尽くして政敵を陥れていましたが、そうこうするうちに4家の内部抗争が始まり結果として北家が中核をなしてきます。

彼らの力の源泉は、なんと言っても「天皇」との縁戚関係になります。

だから、女子を天皇の女御にして、男の子を産ませることが必須になってきます。

村上天皇の子の冷泉天皇からは花山天皇、三条天皇。冷泉天皇の兄弟の円融天皇からは一条天皇。

この一条天皇の母は藤原詮子で、道長の姉になります。詮子の力添えもあって道長が太政大臣になると、娘の彰子を一条天皇に嫁がせ、その息子の後一条天皇、後朱雀天皇にも道長の娘を入内させるという具合で、縁戚関係を作っていくわけです。

ここで、興味深いのが一条天皇の最初の中宮は藤原定子で、彼女は道長の兄の道隆の娘です。

一条天皇は定子が本心から好きだった。ここの女房に清少納言がいて「枕草子」を後世に残しています。清少納言は、道長一党の定子に対する嫌がらせには一切触れていませんが、実際には定子が剃髪するくらいの圧力を道隆系(中関白家)にかけています。

しかし、一条天皇はそれでも定子が好きで、剃髪した定子を還俗させて子をなしました。その子が第一皇子の敦康親王だったのですが、道長は彰子が生んだ第二皇子を東宮(皇太子のこと)にし、のちの後一条天皇とします。

だから」なのでしょう、「御堂関白記」によれば関白道長は一条天皇に相当な嫌がらせをしています。

一条天皇のあとの天皇が三条天皇で、この天皇は冷泉天皇系だったため、道長は、この天皇にも相当な嫌がらせをしています。

頓活

三条天皇にも息子がいて、東宮にまでなりましたが、天皇になることなく東宮を辞退しています。で、その後に東宮になったのが後の後一条天皇で、これは自分の孫ですから結構、親身に尽くしています。

後一条天皇の次が後朱雀天皇。これも彰子の子でした。

後朱雀の次は後冷泉天皇。彼は道長の娘が生んだ子でしたから藤原の権力維持はできていたけれど、その次として男の子が藤原一族から出すことができなかった。

そこで天皇になったのが後三条天皇で、かれは道長がいじめた三条天皇系でした。

藤原一族にも変化が出てきます。

道長の夫人の倫子の生んだ頼通、教通や女児は、壮大な邸宅をもらっていますし、頼通、教通は関白になっています。

かたや、明子は、父が源高明で「安和の変」で失脚をしており、その明子の生んだ子等は、倫子の生んだ子等とは大違いで邸宅をもらうこともできず、男児は出世もたいして出来ませんでした。

明子が生んだ兄弟は頼通におもねて出世を求めましたが、能信だけは強烈に対抗していた。後冷泉天皇には男児ができず、後朱雀の子ではあるけれど、道長が嫌がらせをした三条天皇系の後三条が東宮になると能信は後三条を支援する。

後三条は頼通とも確執があった。後三条から白河天皇が生まれることで摂関政治は終焉を迎え、ここから院政が始まることになります。

原因となっているわけではないけれど、倫子と明子を対等に扱い、それぞれが生んだ子を対等に扱っていれば、摂関政治をもっと延長させることはできたかもしれませんが、結果として三条系から白河天皇が出てくるところが歴史の面白さだと思います。

日本の中世は、どこからかという話題があります。著者は、道長・頼通をもって古代が終焉するとしています。高校の教科書では白河天皇による院政からとしているようです。昔は鎌倉幕府からでした。

ざっと傍観すると、白河天皇になるまでの天皇は藤原という権力のコマで、そのコマを回すために女御を入内させる。一族の女児は、天皇の「コマ回し」として機能させていた。

その女児が男児を産めば藤原一族は外戚となり、春を謳歌できたわけです。

道長の和歌に、

この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば

というのがあって、解釈も色々あるようですが、単純に解釈すれば、

この世は我が世としてある。欠けているところがないから満月なのであって、我が世にも欠けたところが一つとしてないのだから

というあたりじゃないでしょうか。

その息子の頼通は道長からもらった宇治に平等院を作っています。安倍政権は長期であるということだけが自慢のようですが、頼通の政権は51年間も続いています。日本の歴史では蘇我馬子の54年に次ぐ長さだそうです。

頓活

モリカケ、サクラとろくでもないことを夫婦で積み重ねてきていますが、いくら頑張っても51年を超える長期政権は難しそうです。贖罪として国民利益にかなうことを一つくらいはしてもいいような気もしますが、そのような視点すら持つことはできそうにありませんね。

権力を持つというのはどういうことなのかは、権力を持ったことのない人間には決してわからない世界ですが、権力を持つためには「能力」は不可欠な要素ではないことを歴史は示しています。

むしろ重要なのが「権威」であることが多かったようです。そこに天皇の価値があったわけです。

マーク・トウェインの「不思議な少年」に登場するサタンとは、人間の知性に宿るものと考えられています。理性や良心は、人間の持つサタンを抑え込むために必然として生まれてきたわけで、その明文化が法律であったり宗教や教育であったのだと思います。

頓活

サタンは誰の心のなかにも存在しているわけで、社会が殺伐としてくれば多くの人の心にサタンが現れてきます。また、権力を手中にすれば、やはり相当な自制と良心がない限り、サタンの抑制が解かれてくることは往々にしてあることです。

頓活

動物としての人間には善も悪もない、ただの動物でしか無いわけですが、知性が萌芽することから、善とか悪が備わってくるわけで、、それがいかなる「価値観」であったとしても、その中にサタンが生まれることは間違いがないことで、人間が他の動物と明確に異なる部分でもあります。

これから「AI」に時代に入っていくことで、必ず直面することの一つに「価値観」があります。仮に自律的殺戮ロボットを作ったとすれば、このロボットの「価値観」は、いかに効率的に「敵」を識別して殺すかだけになります。

「AI」がこれだけのことに使われているなら、そこにサタンは芽生えていないわけです。しかし、状況の判断が加味されるとなると、善悪の判定が必要になり、悪であることはわかっていても相対判断から殺戮を実施するならば、「AI」にもサタンの萌芽(別名:良心)が不可欠になると思います。



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