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文書における「アーカイブス」

さぼ郎
アーカイブス」という言葉があります。
アーカイブ (archive) とは、重要記録を保存・活用し、未来に伝達することをいう。日本では一般的に書庫や保存記録と訳されることが多いが、元来は公記録保管所、または公文書の保存所、履歴などを意味し、記録を保存しておく場所である(公文書館も参照のこと)。
では「公文書館」を参照してみると、
公文書館(こうぶんしょかん、アーカイブズ、archives)は、歴史的な史料としての公文書(条約、宣言、外交文書、政府関係者の報告書や伝達メモなど)を保管し、公開する機関、施設である。文書館(ぶんしょかん、もんじょかん)ともいう。刊行された図書を収集する図書館、非文書資料を収集する博物館とは区別される。図書館における司書(ライブラリアン)、博物館における学芸員(キューレーター)と同様に公文書館には資料の収集、整理、研究の専門職としてアーキビストが置かれるが、日本では司書や学芸員と異なり、資格の法制化は成されておらず、世間的な認知も低い。
と、このように書かれています。

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アメリカで公文書の管理が民主主義を守る上で、あるいは政府の政策の正当性を示す上で重要なことであるという気付きから「公文書館」が作られ、そこには正規に教育を受けたアーキビストがいますが、日本では公務員が人事異動で公文書館の係になりますから、文書に対する基本的な姿勢が異なります。

同時的発生なのか詳しくは知らないのですが、同じ頃に図書館の司書という仕事が誕生して管理方法が確立していきます。

そのちょっと前辺りにファイリングという手法で、文書をファイルに綴ることなく厚紙にはさんで垂直に立てて収納する方法がキャビネットの販売に合わせて広まります。

こうしたことが1900年代の初頭にアメリカで始まります。この時期に民間企業の隆盛というか、産業の成熟があって民間企業においても文書管理が加熱していきます。

その時の主たる手法が「ファイリング」でした。これが1945年の敗戦後の日本にアメリカから持ち込まれました。

翻って日本では明治以前はかなり記録を残していたようです。政府と言っても幕府が各藩に介入できるわけではなく、各藩は独自に、朝廷はそれこそ古代から文書の重要性を認識していたわけですが、決して「民主主義」のためではないわけで、彼らの権力の維持のためであったことは自明です。

古くは正倉院に残された702年の戸籍が、紙に書かれた文書として残されているとのこと。奈良国立博物館に行くと見ることができるようです。予断ですが、文字も素晴らしく芸術作品としての価値もあるようです。

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明治になると、文書保存を命じた時期もあったようですが、明治18年に中止し、それ以降、文書の保存が疎かになっていくようです。

ここで、また先程の「整理」と「整頓」と似たような話ですが「文書」と「記録」という語彙で、違いを指摘する向きもあるようです。

ワタシは、「整理」と「整頓」は、類義語であり「整理」も「整頓」も「整理整頓」として考えればいいと思っています。

ところが、「文書」と「記録」となると、「記録」にはマイクロフィルムや磁気テープや映像フィルムなども含まれます。これが「文書」との違いの一つです。世界記録とか日本新記録などにも「記録」が使われますが、まさに、そのような性質を持つものが「記録」だと思います。

文書管理」の書籍に目を通しますと、必ずと言っていいと思いますが文書管理をする効用として「スペースが有効に活用できるようになる」「探す時間を短縮できる」が上げられますが、これはそれほど重要なことと思ってはいません。

重要なことは「情報の共有・再利用」「情報の蓄積・閲覧」「証明性・証拠性」に尽きると思います。

しかし、これらは何らかのシステムで達成できることではなく、組織の文化としてどのように取り組み、定着するかにかかっているわけで大げさに言えば組織の文化の問題だと思います。

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文書管理としては、統一したファイル用具と背ラベル。背ラベルには組織、作成・廃棄予定、保存期間の根拠を占める情報、どこに置かれているかのロケーションなどが見える情報であり、システムが提供する付加情報として「リテンション(保持)・スケジュール」になります。

リテンション」とは「保持」することで、事務室での保持期間、書庫での保持期間、そして廃棄。廃棄には廃棄する根拠が必要です。あるいは、廃棄せずに歴史的文書として永遠保存するなどの識別をしなければなりません。

国会などでよく「文書不存在」として逃げることがありますが、本当に不存在なのかは今ひとつ判然としない事ですが、適正な棚卸しさえしていれば、文書不存在」を減らすことは可能です。

つまり、ファイリングなどは単なる文書の整理法であって、管理をするなら「文書管理」というのが正当だと思います。

その上に思想的に、文化的な記録のあり方として「レコード・マネジメント」があるという認識が、一番スッキリしています。

事務室から書庫に移す根拠は、年限が来たからではなく「現用」か「非現用」かによります。使わなくなっても1年間は「現用」として事務所内に置くスペースを用意しておき、その後、規定期間は書庫に移して保存することとなります。

廃棄に関しては「法定」あるいは「組織内規則」に基づかなければなりません。養老律令では、永久保存か3年保存かの選択をして、廃棄するにしても目録を作ることを規定しています。

ハーバード大学教授のロバート・キーガンは、「組織知性」を「マインド」だといいます。

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つまりは、なにがしらかの理由があってもたらされた、あるいは作成された文書をどのように扱うかが組織的にうまく運用されているということは、そうした組織マインドが構築されているということで、ここが「レコード・マネジメント」の真骨頂となります。

そして、それを強力に支援するのが「文書管理」だとワタシは考えています。それがスタンダードな考えなのかはわかりませんけど。



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