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視点

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アメリカの世界戦略と日本

さぼ郎
Newsweek2019.12.31/2020.1.7号

Issues2020という特集に、「伝統回帰の大波が戦後秩序を無力化する」というのがありました。

頓活

シリアのダマスカス近郊の写真が載っていますが、普通に使えそうな建物は一つとしてありません。壮絶な廃墟です。

頓活

ウサマ・ビン・ラディン、プーチン、ハンガリーのオルバン・ビクトル、ISのバグダディ、ドナルド・トランプ、習近平、エルドアン、ネタニヤフなどなどは、およそ共通点など、どこにもありそうもないにもかかわらず、同じような信念を抱き、同じような夢を見ている。

ある意味、時代が彼らを必要としたと言えるのかもしれない。記事の中で、パリに留学していた中国の学生が中国の社会と新たな国際秩序を形成する上で「北一輝」に注目するべきだと語ったのだそうだ。wikiによると、
明治維新の本義は民主主義にあると主張し、明治憲法における天皇制を激しく批判した。すなわち、天皇の国民ではなく、国民の天皇であること、これが明治維新による天皇制のあるべき姿だとした。
国家体制は、基本的人権が尊重され、言論の自由が保証され、華族や貴族院に見られる階級制度は存在せず、また、男女平等社会男女共同政治参画社会など、これらが明治維新が本来の目標ではないかと、1923年(大正12年)に「日本改造法案大綱」を刊行し主張した。
とのことだが、2.26を決起した将校の中核的思想でもあったため民間人であったにもかかわらず軍法会議で裁かれ5日後に銃殺された。

頓活

私有財産や土地に一定の制限を設け、資本の集中を防ぐことも主張していた。「左翼的革命に対抗して右翼的国家主義的国家改造をやることが必要である」と考えたと述べているが、これらを読む限り、民主主義に基づいているのか社会主義に基づいているのかは、軽々に判断しかねる内容でもある。

しかし、かの中国人留学生が指摘するように、富の偏在が拡大し、グローバリズムが横行しだすと、資本家は1円でも安く生産できる地に工場を建設し、そこから1円でも高く売れる地に輸出をする。

その地で日本より安い法人税を収めた後、純利益を日本に送金し内部留保に励む一方、国内に設備投資をするわけでもなく、従業員の賃金を上げるわけでもなく内部留保と経営陣と株主への利益還元に勤しんでいる企業の姿を目にすることで、矛盾のエネルギーが蓄積され、いずれかの時点で暴発するようになるのかもしれない。

日本人自体が諸外国のように、社会の矛盾に、より関心を持つようにさえなれば、おそらく北一輝の再来を待ち望むようになり得る話には一面の真理がある。

トランプの野望に振り回される世界経済の秩序は決していい方向に回ることはなく、アメリカという虎の尾の先につかまっている安倍政権は、ただ振り回されるだけで、所詮、なんら国際的能力もないことは明らかな故に、そのうち目が回って掴んでいる手を緩めた途端に、放り出されることは自明である。

世界は危険な時代に入りつつあるのは、時代の宿命であり、だからトランプを始め、「異床同夢」の権力者(独裁者)達が誕生してくる背景となってもいる。

イラン敵視政策の不毛な未来」という記事は、元EU安全保障政策上級代表が書いている。その記事によれば、ドナルド・トランプはありあまる野望の持ち主で2018年5月に突如としてイラン核合意離脱を発表し、現在の混乱の元を作っている。

イランを追い込み、経済破綻を起こさせ、現体制を壊滅させることでアメリカに都合のよいイランに作り変えようとしているのだろう。トランプが強硬な対応をすれば、イランとしても強硬な対応を取らざるを得ず、イラン国内が反米で結束する方向に向かうことになれば、中東の不安定が加速することとなる。

ビン・ラディンやバグダディと同列にイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を、イラクというアメリカにとっての他国で殺害することこそがテロ行為にも等しいことで、そのことに対して先進国のどの国も批判をしていない故に、トランプ政権と同様の判断であると、イラン側は認識せざるを得ないところである。

挙げ句に、こともあろうか山本五十六を殺害したことと同等に笑いを交えてアメリカの高官が表明していることの真意を考えると、山本五十六がテロリストと同列であることを意味しており、要するにアメリカに盾突きさえすれば、正規軍の司令官であろうがテロリストと認識されることを証明している。

頓活

同時に、いまさら山本五十六を出して来るところを見れば、アメリカにとって日本は決して同盟国ではなく、占領し続けているアジアの小国としか考えていないことも自明となった。

そのことに対して政府もメディアも沈黙していることも、日本がいまだに占領されていることを自覚していることを示している。

国際社会が穏健に対応すれば、穏健な勢力がイラン国内を統一するという保証があるわけではないが、トランプ大統領のようにアメリカ国内向けの人気取りのための強硬策は、国際情勢を不安定にするばかりである。

トランプ政権は、日本に思いやり予算として4倍(2千億円のところ8千億円)の増額を求めているけれど安倍政権としては、言われるままに戦闘機も買ったし、ミサイルシステムも買った上に、どのくらいの増額を飲むのかが見ものでもある。

憲法改正を口走るけれど、憲法とは「国の形」を規定する諸法律の根本的原理を示す規範である。それを書き換えたからと言って景気が良くなるわけでもなく、結局は他の独裁的権力者たちが見ている野望と同様の権勢欲の顕示でしかなく、憲法改正などよりも優先的にやるべきことは国際情勢安定化への寄与であるべきと思う。

結局は、経済や金融の原理など理解出来もせずにスローガンとして「アベノミクス」などという言葉に酔いしれただけのことで、やっている内容の質はトランプとさほど次元が変わるわけでもない。国際的影響力がないだけましではあるけれど。

独裁的権力者が目指す長期安定政権の悪弊は、そのことによって国際情勢が悪化することになるけれど、逆に言えば、国際情勢が悪化することによって、伝統回帰というような右傾化、ポピュリズム、孤立主義への圧力が高まっていく。

僅かな朗報は「政治家に頼らない民主主義2.0の可能性」という記事で、アイルランドでは「市民会議」を設置して幅広く国民から99人と1人の議長を無作為に選出して、選挙で選ばれる必要のない、つまりはパフォーマンスを必要としない人々によって審議を行うことで、選挙で選ばれた「選良」を補助することができる仕組みを取り入れた。

民主主義といえば、当然のように「選挙」であるが、違う言い方をすれば単なる「人気投票」なわけで、議会で居眠りばかりしている県知事だって選挙では選出される。選出するのは選挙民なわけで、選挙民のレベルが低ければ選出される人材だって低レベルになりかねない。

頓活

そのことは「桜を見る会」の国会でのやり取りを見ても、痛感するところ。有権者は無力感を噛みしめる以外に打つ手はないのが現状であるが、市民会議」が設置されれば、もっと身近な問題として国民が共有できるようになる。

資本主義も民主主義も閉塞しだしている現状を打破する一つの解決策になる可能性を示唆している。

裁判員制度よりも「市民会議」のほうが、民主主義社会にとって実効性が高いように思える。日本の野党も、消費税を下げる、あるいは廃止するというようなポピュリズム的公約ではなく、小選挙区制度をやめるとか「市民会議」」を開催するとかのような、もっと政治の根幹に関わる改革を訴えるべきと思うのはワタシだけではないと思う。



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