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あれこれ

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文化としての歌や映画

さぼ郎
ルーカス・グラハム、発見!

EMO


iTuneをかけていたら、イケてる歌が聞こえて調べてみたら「ルーカス・グラハム」という人の歌でした。

そこでYouTubeで「ルーカス・グラハム」をチェックしたら日本語の訳詩がついたアニメがあったので、ご紹介します。

「有名になることはきっと寂しいこと」
「本当のボクが薄まっていくようで」
「60歳になったボクはこの世界を嘆くだろうか」
「子どもたちの笑い声包まれてこの世界を愛すだろうか」

お父さんが61歳で死んだのかも知れなのですが、「ボクの歌う姿は天国からどう見える」みたいなセリフもあります。考えようは幾通りかありますが、詮索しても仕方がありません。

要するに有名になることで失われるものもあること、おそらくは彼の場合は親子関係もそれに含まれるのかも知れませんが、父親が亡くなった(であろう)61歳を目前にする頃に、自分の選択を嘆くのか、愛するのかを7歳のころからの詩に込めているという訳です。

ちなみに、自分もうっかり60歳を過ぎてしまいましたが、この世界を嘆くこともなく、かといって子どもたちの笑い声は好きですが、だからといってこの世界を愛しているというわけでもありません。

才能は、事務所が花開かせるのではなく、才能は、自らのチカラで花開かなければ、戯言(ザレゴト)でしか無いと思います。しかし、有名になるということは、自らが薄まることでもあるのかもしれないけれど、無名だからといって自らが充満しているわけでもない。



上は↑和製のイラストとアニメ
ちなみに↓がオフィシャルビデオ



日本の芸能人及び芸能事務所及びいい加減なメディアも、そろそろ成熟しなければいけないところに来ていることだけは間違いのないところです。

日韓がどうの、経済がどうの、政治がどうの、IT技術がどうの、AIがどうのなんてことは、実に些末な話で、「文化」のレベルを上げることに注力しなければ国家として衰退していくことは必至と思います。

ルトガー・ハウアー、死す!

EMO

ところで、今まで見た映画で一番好きな映画はなんといっても「ブレードランナー」です。なんといってもハリソン・フォードのデッカードと戦うレプリカントのロイ・バッティの戦いは、いつも心のどこかにとどまっているような気がしています。

ロイ・バッティ役のルトガー・ハウアー、2019年7月19日 死す。彼がいなければ「ブレードランナー」は歴史的名作にはならなかったかも。

役者って、すごいもんですね。
I've seen things you people wouldn't believe. Attack ships on fire off the shoulder of Orion. I watched C-beams glitter in the dark near the Tannhäuser Gate. All those moments will be lost in time, like tears in rain. Time to die.
和訳すると、
おまえたち人間には信じられないようなものを私は見てきた。オリオン座の近くで燃える宇宙戦艦。タンホイザー・ゲートの近くで暗闇に瞬くCビーム、そんな思い出も時間と共にやがて消える。雨の中の涙のように。死ぬ時が来た。
有名な話のようですが、バッティ役のルトガー・ハウアーがアドリブで入れたセリフだそうです。白い鳩が飛ぶアイデアもルトガー・ハウアーだったそうで、「死」のタイミングを鳩で表したかったのだそうですが、実際は、雨で羽が濡れて飛ばなかったようです。

ルトガー・ハウアー曰く、ピーター・セラーズのコメディのようだったと述懐しています。


ぜひ、最大化して見て下さい

字幕では「涙のように」「雨のように」としていますが、「雨の中の涙のように」でなければいけませんね。

ワタシも死期が迫ったら、「オレが生きたことも雨の中の涙のように消える時が来た」くらいのことをいってから死にたいものです。



詳しいことは、こちらをご参照下さい

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