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7月の誓い

さぼ郎
最近、お笑い芸人が反社会的勢力と接触したことで騒ぎになっています。そもそも、興行の世界自体が、どちらかといえば反社会的勢力によって賄われていたような気がします。

事実かどうかは知りませんが、美空ひばりが子供の頃、田岡某と一緒に風呂に入っていたとかいう記事を目にした記憶があります。

ヨシモトだって、「吉本興業」というくらいだから、そもそも「オフホワイト」な感じもします。

北野武は「闇営業をしなきゃ食えないような状態にする事務所がおかしいと思うけどね。だったらタレント契約しなきゃいいのに。最低限の金銭保証くらいすれば」と事務所に問題があるとしています。

考えてみれば、ちょっと売れれば集中的にテレビやラジオにでるようになり、1ヶ月に何百万とか何千万と稼ぎ、かたやアルバイトしなければ食えないというようなギャップを放置している企業自体に問題があることは明確です。

今回、反社会的勢力からお金をもらったことと、そのことについて嘘をついたことは次元が違うかもしれませんが、それならヨシモトを干すべきと思っています。

正直な感想を言えば、ヨシモトもジャニーズも、その抱えるタレントは見飽きた感がとてもあります。サクライ君という、どこでも普通に見かけるような青年が「スター」だという前提で、CMやバラエティーやニュース番組に出ていますが、彼自体が「スター」としての資質を持ち合わせているわけではなく、事務所とメディアが作り上げた「スター」でしかないわけで、大量のお金を使ってメディアを専有し暴露の量によって作り上げた偶像でしかないことは客観的事実です。

安倍首相も、長いこと総理をやっているうちに、素振りや話し方(こちらには多少の難がいまだにある)がかまぼこ程度には板についてきています。つまり、「慣れ」は「素質」をある程度はカバーしてくれるのでしょう。

そもそも、「素質」も「適正」もないのに、総理をやろう、やれると思うこと自体が天然な「素質」なのかもしれません。

大方のタレント系の「スター」には、安倍さんと同じ傾向があるように思います。

ということで、もう7月になってしまいました。1月から数えると半分が終わってしまいました。人生80年とすれば、その半分は40年です。60年だとすると、1年で言えば10月になり、あと3ヶ月すると新しい年、つまり、自分ではない人生がどこかで始まることとなります。

といっても、少子高齢化である以上、高齢者の死は、新たな子の生になるためには勘定があいませんので、ワタシなどは動物か虫か、はたまた路傍の石あたりが次の人生であることを覚悟しています。

いっそ、意思を持たない石になることのほうが、気楽な気もします。

で、7月になったのだから、刻々と「路傍の石」が近づいてきていますので、せめての悪あがきとして何かを誓おうと思いました。

その何かとはインターネットにつなぐとつい見てしまう「ニュースを見ない」。YouTubeでナイツや中川家をつい見てしまうので「YouTubeを見ない」ことの2つを実践しようと思っています。

いまさら、ネットでニュースを見て、トランプが北朝鮮のトッチャン坊やと会ってなんの話をしようが、アメリカとイランがどうなろうが、日米安保を破棄しようが、参院選でどこの政党が議席を増やそうが、いずれ「路傍の石」になる我が身には全く関係のないことです。

芸人の騒ぎで一番悪いのは胴元の吉本興業ですが、詐欺で稼いだお金を間接的であろうがもらっておきながら金銭の授受はなかったという嘘で逃げようとしたことはベッキーの不倫と同様の汚点で、人気稼業ではあるまじきことでした。

ワタシは人気商売ではありませんが、自己を律することで、少しでも立派な路傍の石に生まれ変わるためには、宣言をして、それを嘘にしないようにしなければなりません。

もうひとつ、「間食はやめる」。

いま冷蔵庫にあるチョコレートを最後に、きっぱり間食もやめることを誓います。



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