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あれこれ

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わが半生の反省の記《3》

さぼ郎
無名の、どちらかと言うと(言うまでもなく)下賤の民であるワタシの半生などを書くこと自体がおこがましいですが、どうせ、読む人もいないであろうという安心感もあったのですが、どうやら一人、読んでいる人がいるらしいので、少し方向性を変えなければなりません。

人に読まれないことを前提に書く日記すらも、実は、他の目を意識しているとのことですが、では、ワタシの、この半世紀超の反省記は、どういう意図なのかを考えなければいけません。

少なくとも言えることは「死期」を悟ったからではありません。ポイントは、このところ記事を書くことをしていなかったことに気が付き、さて、何を書こうかと思ったところで、プロのライターでもないのでアイデアが浮かびませんでした。

翻って、与謝野晶子や夏目漱石の、幼少期の思い出を綴った半生記を読んだことの刺激はありました。津田梅子をどうこう言うわけではありませんが、樋口一葉のあとなら与謝野晶子だろうと思うのは、きっとワタシだけではないでしょう。

とはいえ、津田塾では大喜びだそうです。

ま、そういうわけで、小学生の頃に戻ります。

古野克己と高橋勇とで、ある冬の日に、西6丁目にあったガスタンクの下の空き地で戦争ごっこをしていました。2B弾という、先っぽに火薬がついた花火ですが、これを傘の軸にいれて、鉄砲らしい雰囲気で戦争ごっこをしていました。

そのうち、もっとリアルにやろうということで、枯れ草に火をつけて臨場感を出して戦争ごっこをしていたのですが、頑是ない小学生3人では、枯れ草の火を消せない勢いになってしまって、3人で逃げました。

逃げちゃったから、あとのことは詳しくは知りませんが、消防車が何台も出てオオゴトになったようです。いまなら、少年院送致級の事件です。

で、我々3人は、一応、死のうということで通称「ヘビ山」に逃げ込み、一応は死ぬ覚悟だったのですが、夕方になるとお腹が空いて、それで小学校に出頭したら憔悴していた青木先生は、怒りもしませんでした。

親からもそんなに怒られなかったように記憶しています。

あれは、あの時代だったから、あれで済みましたが、あれが、いまなら大事でした、きっと。

嶋野恵美子さんのことを書くのを忘れました。彼女は、まさに学級委員長になるべくしての学級委員長で、かつ、ワタシの班(6人で一組)の班長でもありました。知性、正義、教養、品性、人格など、すべてを備えていた人でした。

小学生のときから書道は3段でしたし、ともかく、勉強はできるし、しかも班長だし、その上、学級委員長だしで、こんなにすごい人と小学生活を過ごせたのはラッキーでした。

低学年のときの長谷川先生と3年生以降の嶋野さんの影響は、今の自分のある部分(どの部分かは不明)にインプットされていると思います。

で、小学校を卒業すると中学校ですが、残念ながら町には中学校がなかったので、みんなばらばらになってしまいました。

ワタシは習志野2中という中学校に学区が違ったので越境して入学しました。そこで、出会ったのが堀口満と日野でした。日野の下の名前は覚えていませんが、この二人がいたことで、人生で一番充実していたのが中学生時代であると言い切れます。

この続きは、次回に回します。

「文学には力がある」と常々思っていました。読書会などという爺々の集まりに声をかけてもらって参加しています。すごい学歴で、すごい会社の、すごいキャリアのある人々と一緒に読書会に参加していますが、彼らの教養の高い本よりも、やはり読むべきは「日本文学」です。

芥川と夏目の違いは、なにか?

芥川の文章は美しいけれど、そこから人生を汲み取ることがワタシにはできません。二葉亭四迷の「浮雲」を読んだことで、その辺が自分なりにはっきりしてきました。

国木田独歩の武蔵野で二葉亭四迷の文章(ツルゲネフの翻訳から「あいびき」)を一部転用していますが、国木田独歩は二葉亭四迷に追いついてはいないと思います。

なぜ、樋口一葉が5千円札になったか。「たけくらべ」には人生が書かれています。「にごりえ」に書かれている人生は特殊だけれど、おリキが子供の頃にお米を買いに行き、そのお米をドブにこぼしてしまうシーンの述懐。源七がお久を追い出すシーン。追い出されたお久のその後の人生を思わず考えないわけには行きません。

そこに凝縮した「人生」を描けるのが文学で、そこに彷彿とすることができる「人生」が無いものは、文学であっても「純文学」とは定義しないことに決めています。

「半生の反省」を書くという起点は、荘子の「無為の為」を痛感していることをあげることができます。もちろん、天下の荘子とは次元も意図も根本的に異なりますが、今のこの歳になってみて振り返れば、実に「無為」のみをひたすら為してきたという実感があります。

方向性が良かったのかは別としても、戦前(あるいは江戸時代だって)のオーディナリー・ピープルは人生を有為にしようと志向し努力もしていたと思うのです。

男子に生まれ、優秀な頭脳と肉体があれば「末は博士か大臣か」と嘱望された時代とは異なり、今の世は、いかにしてお金を稼ぐか、叶うのであればIT長者を目指すのが、男子の本懐になりました。

お金につながらないことは、すべからく「無為」であるなら、やはり、今に至るワタシの道程は「無為の」であり、勝者からみれば敗残兵のようなものであることを反省しようということを、この「半生の反省」にする動機としていると言えそうです。



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