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インプットとアウトプット

さぼ郎
インプット」といえば、まずは勉強だと思います。学生の頃だとインプット(詰め込み)してテストで成績を取ることがアウトプットになります。

受験でのアウトプットは希望の学校に「合格」することになるでしょう。

しかし社会人になると、企業のためや自分のために一生懸命インプットしていき、仕事や自分の生活向上に活かすことがアウトプットになっていきます。

職人だとすれば、手に技を身に着けて素人では到底達成できないような技によって生業とするわけで、イメージからすると、指物師とか漆職人とか料理人のように、物を作る人がイメージしやすいですが、山本周五郎の「虚空遍歴」のような役者なども、たしかに一種の職人なのだと思います。

武士などの剣術や、もっと大きなイクサでの采配なども、単に家柄や人格だけでは無理で、インプット(経験も含む)が不可欠になります。

インプットとして修練を積めばこそ、立派なアウトプットができるわけです。もちろん、そこには適格性(あるいは才能)や積み重ねも重要なポイントになるでしょう。

となると、一般的な社会人でいうなら、アウトプットとは身を立てる、あるいは収入に直結する知識や技芸を意味する場面が多いわけです。

子供の頃からピアノを習っていて、ピアニストになる人は僅かですが、趣味で弾けるヒトはたくさんいます。これだって人生においては重要なアウトプットだと思います。

では、ワタシが今読んでいる本について考えてみましょう。「抗体医薬と自然免疫の驚異」「経済学者たちの日米開戦:秋丸機関幻の報告書》の謎を解く」のような本を読んでいますが、きっと、これらの本から得られる知識のアウトプットはないように感じます。

知識は技芸以上に使わなければ「忘却」していきます。いま、山本周五郎の「天地静大」を図書館から借りてきて読んでいますが、この本はかつて古本屋で買って読んで、いたく感動した記憶があります。

ヒトに貸したまま返ってきていないのですが、何に感動したのか忘れてしまったので図書館から借りてきて再度読んでいます。

武士を捨てて夫婦で江戸に出て庶民として生活するという、いわばそれだけの話しなのですが、そうはいっても天地は静かで大きいわけです。

体面を守って武士を続けるよりも、江戸に出て庶民になることのほうが主人公にとってはリアリティがあったわけですが、今と違って身分社会では、なかなか勝手なことができない世の中であったわけで、生活のためと割り切って仕事をしているサラリーマンと本質は変わりません。

趣味も生きる上では重要なアウトプットになるという前提に立つと、人生の「アウトプット」とは「実在感」に近いような感じだと思います。対するインプットは「積み重ね」になるでしょう。

積み重ね」ることで「実在感」につなげていくことをインプットとアウトプットとしているわけで、実在感とは仕事での達成だけではないわけです。なぜなら、理由は簡単で仕事するためだけに生まれてきているわけではなく、何かをするということが自分のリアリティなわけだからです。

ここで、要点をまとめると、1日のすべてが自分のリアリティ(認知として)に直結しているわけではありませんが、直結していること、間接的ではあるけれど関わっていることが「アウトプット」として自覚するべきことなのだと思います。

もちろん、潜在することも多々あるのですが、とりあえずの認識としての整理です。

なぜ、ここで「整理(取捨)」というかといえば、時間には限りがあるからです。

自分が発露できることが「アウトプット」だとすると、自分のリアリティに直結しているのだと得心がいきます。

資本主義」、「市場経済」、「競争原理」などと言うと、どうしてもヒトより少しでも前に出なくてはならないような気がしますが、それだけが自分の実在感に直結しているわけではありません。

現代社会はどこに向かうか」という本にも書かれていますが、今の日本の経済では、分配さえうまく行っていれば生活に困窮するヒトは出るはずがなく、貧しい人や生活保護を受給しなければならない人がいる分、一人の人生に余剰のある資産を形成しているヒトが、たくさんいることになります。

稼ぐこと、成功することは立派なことですが、その資産の分配をなんとかすれば、少なくとも日本から貧困をなくすことは不可能ではありません。

リアリティを競争だけに向けていこうとして戦後の70有余年で、たしかに日本は立派な経済大国になり先進国にもなりましたが、人口が減少する時代になり経済は発展していく見込みはこれから先には、きっと無いわけです。

分配が適正でない限り、競争主義を放置しておけば、これから貧困が社会問題化していく可能性が高いだろうと思います。そのような社会においては自分を発露することもできないヒトがたくさんできてしまうなら、政治は無策としか言いようがありません。

人口減少社会だって、賢い官僚の人たちはとっくに分かっていたはずです。にもかかわらず何ら有効な手を打つことなく政権与党に忖度ばかりしてきたわけですから、そろそろ政権与党が目覚めなければならないと思いますが、きっと彼らは寝ているわけではなく単にレベルが低いだけのようで、期待は薄いです。

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