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あれこれ

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読書について

さぼ郎
読書

本を読みます。なぜ、本を読むのかはいろいろです。

一つには、スマートフォンを持っていないから、本を読むということもあるでしょう。

また、最近のテレビは面白くないという以上に、つまらないという以上に、不愉快な番組があまりに多すぎて、それで、ご飯を食べる時以外には、ほとんどテレビを眼にしなくなりました。

その分、本を読むようになったのは事実です。

更に、1月に白内障で3日、3月にTUR-BT(経尿道的膀胱腫瘍切除術)、5月にセカンドTURで、それぞれ7日ずつ入院したので、結構、まとまって読書ができました。

以前にも書いたことと思いますが「読書会」という仲間内の集まりに入っていて(というか、欠員ができてその穴埋めに声がかかった)最初は億劫で嫌でしたが、義務として参加していました。

義務として参加していた頃は、読書会受けを狙うような本を選んでいた感じもありましたが、最近では、自分のペースで好きなジャンルを見つけては、そこを少し深掘りしてみたり自由気ままにやるようになりました。

読書会」というくらいですから、読んだ本をまとめて一人持ち時間30分程度で発表します。

ひとそれぞれ、そのスタイルに違いがありますが、ワタシは、まず対象とする本を読む。読みながらB6のカードに要点をまとめていきます。

B6

このB6のカードを4枚並べるとB4になります。で、B4を拡大してA3にプリントして、そのA3を再度読みながら、A4で5枚程度にまとめていきます。

B4

発表はA4のレポートを読み上げますが、添付資料としてA3にまとめた要約も渡します。A4で5枚程度(文字は12ポイント)で読み上げなら20分前後です。聞いている方も、これくらいが限度のように感じます。

次回の読書会は6月23日で、そこで井上寛司というヒトの書いた「神道の虚構と実像」をやろうと思っていますが、B6で76枚、B4で19枚にもなってしまって、そこからA4にまとめても13ページもありますので、今度は13ページのA4から5~6ページに圧縮しようと思っています。

ワタシの場合でいうと、本は1回読んだだけでは、ほとんど身についていません。手書きにこだわるのは、自由なレイアウトができることと、少しでも漢字を覚えようと思っているからで、字のうまさは諦めました。

で、現在は、
公文書問題 日本の闇の核心」:著者:瀬畑 源
現代暗号入門」:著者:神永 正博
ブロックチェーンの未来」:著者:翁 百合他

この3冊を順に少しずつ読んでいましたが、
いちばんやさしいブロックチェーンの教本」:著者:杉井靖典
が割り込んできて入院中に読みました。ブロックチェーンの未来」に比べると遥かにわかりやすく、「なるほど」と思うところが多々ありました。

さらに、何で見つけたのか忘れてしまいましたが、
データ分析の力 因果関係に迫る思考法」:著者:伊藤 公一郎
という本も読みたいと思って買ってありますが、先に手を付けた本がつっかえているので、とりあえず、待ちになっています。

データ分析

そういえば今年の1月に白内障で3日ほど入院したのですが、そのときに読んだ、
マルチバース宇宙論入門」:著者:野村 泰紀
も、再読して、いずれまとめなければと思っているのですが、未着手のままとなっています。結論から言うと、宇宙は無数にあるということです。

我々は3次元でしか認識できませんが、もっと次元の多い宇宙もあるとのこと。そもそも、我々の宇宙が未だに膨張しているエネルギーの根拠が示せなかったわけで、かつては、いずれ収縮が始まるなんて言う説もありました。

宇宙

実際には、辺縁部では光速で膨張しているようです。風船に書いた丸が風船を膨らますとどんどん大きな丸になるようなもので、我々の宇宙が、いずれかの宇宙の一部だとすると、その宇宙の膨張エネルギーによって我々の宇宙も膨張していると考えることができるようです。

12歳の少年が書いた量子力学の教科書」という本も、買ってはあります。この本を買った頃、佐藤勝彦さんの「量子論を楽しむ」という本を読書会用にまとめ、続けて西森秀稔さんの「量子コンピュータが人工知能を加速する」を呼んでいる最中でもあったので、とても興味があったので購入して積んでありますが、いずれ読破したいと思っています。

12歳で量子力学の解説本を書くというのだから、驚きですよね。彼によれば入門書と専門書はたくさんあるのに、中間の本がないとのことでした。それって量子力学に限らないですよね。

で、こんな本ばかり読んでいるかと言うと、小説も読みます。

たまたま昨日のことですが、知り合いが樋口一葉の朗読をしていて、「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」とやっていて、今回が「わかれ道」でした。そんな縁で樋口一葉を適宜読んでいます。

しかし、実を言うと、かなり難しいです。昨日の朗読の「わかれ道」は明治29年の1月に発表されています。この10ヶ月後に一葉は亡くなります。その1896年というと、いまから122年前。

たった、122年で、これだけ言葉が変わるのかと思うと愕然とします。

セカンドTURで入院している時には、夏目漱石の「それから」と「」を読みました。プラス-アガサ・クリスティの「春にして君を離れ」という彼女にしてはちょっと毛色が変わった小説も読みました。

春

春にして君を離れ」は原題は、「absent in the spring」で、これを調べてみるとシェークスピアのソネットに、

From you have I been absent in the spring
When proud-pied April dress'd in all his trim 
Hath put a spirit of youth in every thing, 
That heavy Saturn laugh'd and leap'd with him.

春の間私は君と離れて過ごした
誇らしげな四月は色鮮やかな装いのうちに
萬物に青春の息吹を吹き込み
陰気なサターンでさえ笑いかつ踊ったほどだ

つまり「春の間の不在」と訳したほうが原題に近いように思いますが、それは置いといて、ようは娘を見舞ってイギリスからダマスカス(シリア)とか、そっちの方に行った帰りに鉄道の関係で砂漠の街に足止めされる。

その間に、ジョーンは旦那であるロドニーとの関係とか、学生時代から今に至るまでの自分の生き方や考え方を内省をして自分の過ちに気づき、帰国したら、まずロドニーに謝ろうと考えるに至るのだけれど、帰国してロドニーと再開すると・・・というわけです。

夏目漱石は明治40年ころから小説を書き始めているようです。樋口一葉から10年ほど後になりますが、言葉は言文一致になっていますが、彼の漢文、禅の知識に追従できないと、しょっちゅう脚注を参照しなければなりません。

文学の持つ「チカラ」を今更ながら感じています。実用書は知識を与えてくれますが、自分が考える自分の意味に対しては、実用書から摂取できるものはほとんどなく、圧倒的に文学に軍配が上がります。

チカラ

2018.5.15のNewsweekに「日本すごいに異議あり!」という特集が組まれていて、その24ページに「村上春樹の小説を僕が苦手な理由」という記事がありました。

コリン・ジョイスというヒトが書いていますが、そもそも大長編は非常に優れているか、非常に重要な作品でなければ、単なる自己満足でしか無いとしていて、その条件を満たしている作品の例として「戦争と平和」「ドン・キホーテ」を挙げています。

それに比べて「1Q84」はどうか? そもそも何を考えて「1Q84」だなんて、オーウェルの「1984」をパクったようなふざけた名前にしたのかが不思議。

ジョージ・オーウェル
wiki「ジョージ・オーウェル」にリンク ↑

コリン・ジョイスに言わせれば、自分がオーウェルやカフカなどに肩を並べているとでもいいたげなつもりなのかはわかりませんが、正直、「1Q84」に目を通して(ヒトから借りたので5ページ飛ばしで目だけは通した)いても苦痛しかなく、もう、現代作家を当面読むのをやめようと決めたぐらいです。

その意味では感謝です。コリン・ジョイスは村上春樹は単なるポップな現象でしか無いと切り捨てていますが、同感です。

ピアノの道
「ピアノの道」というブログにリンク ↑

偉大な文学には、それが持つ「意義」や「洞察」があります。夏目漱石や樋口一葉を改めて読んでみて、つくづく、その「意義」と「洞察」に感じ入りました。

もちろん、文学なので受け取り方は、人それぞれです。安倍内閣を支援するのも人それぞれなのと同じことですし。

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