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視点

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国民投票について考えてみよう

さぼ郎
政権交代

ちょっと前までは、安倍首相率いる自民党は、民主党のオウンゴールによって、圧倒的な議席数を誇っていて、野党が反対することに対してことごとく強行採決して来ました。

平成25年、「特定秘密保護法」の強行採決
平成26年、「武器輸出三原則」撤廃
平成26年、「集団的自衛権行使容認」の解釈改憲
平成27年、「安全保障法制」の強行採決
平成28年、「TPP承認」の強行採決
平成29年、「介護関連法案」の強行採決
平成29年、「共謀罪」の強行採決
平成30年、「種子法」の廃止

この他にもたくさんあります。それが、森友学園の土地値引き問題で、いまや、ジリ貧になってしまった安倍晋三内閣です。

強行採決や種子法廃止などの殆どは、アメリカの利益のためにいわれたままに忠誠を尽くしてゴルフまでしてきたのに、いざとなれば、北朝鮮問題ではつんぼ桟敷(この言葉は差別用語だそうで、「蚊帳の外」を使うらしいです)に置かれてしまいました。

安倍晋三さんの本来の祈願は「憲法改正」のようでした。当然、今の憲法では実現できない、理想の国家概念が明確にあるからこそ、憲法を改正することへの並々ならない熱意があるのでしょう。

おそらくは日本全国の幼稚園生が教育勅語を暗唱するような世の中が、彼らご夫妻の理想とする世の中であり教育理念だったのでしょう。

憲法

過日、亡くなった西部邁さんは、「デモクラシー」を「民主主義」と訳したことは間違いで「民衆主義」と訳すべきだったと指摘しています。

彼は「民衆が愚かなら衆愚政治になる」と言っていますが、民衆は愚かだから選良を選んで国会で国家運営を議論してもらっているわけです。

その選良を選ぶ方法が、衆愚を具現化した「選挙」であることが、そもそも「民衆政治」であって、「民衆政治」が「民主主義」であるなら、なんでもかんでも全てを国民投票で決めるのが一番いいことになってしまいます。

長谷部恭男さんによりますと「民法改正は必要ですか?」と聞かれて的確に答えられるヒトは少ないとのことです。それと同じく、「憲法改正」といえば、少なくとも9条だけのことでは無いと思います。

そもそも、成熟した国家における憲法の運用では、憲法改正はさほど大きな意味を持たないという指摘もあります。

アメリカでは憲法改正の大きな意義として1864年の修正第13条の「奴隷解放」、修正第14条の「元奴隷の市民権保護」、修正第15条の「選挙権に関する人種による制限の禁止」が上げられますが、実現するのに100年経った1964年の公民権法によって法の上の人種差別が終わりを告げました。

つまり、憲法を改正したからと言って即座に国の形が変わるわけでもないわけです。だからこそ、拙速にことを決める必要もないわけで、多数政党が何でも決められるのであるなら、それは単なる独裁であって、安倍晋三というを生むだけのことです。

ちなみに自民党案の憲法98条では「緊急事態」を宣言すればナチスとほぼ同等の権限を内閣は持つことになります。

9条に自衛隊を書き込むようだから「賛成」に丸をつけようなんて安易な賛意を示すことは、国家破綻への坂道を転がりだすことになりかねません。まして文民統制すらうまくも行っていない自衛隊の現状において軍事費だけ突出しているという異常な予算配分において。

逆に、現在議論されている憲法改正論議では、憲法という法文の書き換えを意味しているようですが、憲法典を書き換えたからといって、いきなり国民の規範や道徳観が変わるとは思えません。

倫理

また、国会議員の3分2以上が賛成すれば、国民投票の半数以上で決まるという方法自体も、それが最良なのかはまったくもって不明です。

そして、その国民投票は、公職選挙法に比べると広報のあり方に於いてかなりルーズなものとなっているようです。

まず、広告ですが、投票は改憲案の発議後60~180日以内に実施されるが、投票の14日前からは賛否を呼びかけるCM放送は禁じられるのだそうです。

逆を言えば、投票14日より以前であれば、どれだけ広告しても、いくらお金を使っても制限がありません。ということは潤沢な資金を持っている改憲政党が圧倒的に有利となります。まして、「電通」を自在に使えるならば、テレビのゴールデンタイムの独占的に使えるわけです。

翻って護憲政党は、どこなのか? 護憲政党の支持基盤は? 護憲政党の広告に使える予算規模は? それを支える広告会社は電通ですか博報堂ですか?

最低投票率に関しても制約がありません。投票率が下がるほどに組織票が有効になります。

フランス、イギリス、スイスなどでは有料広告は禁止にしているようですが、日本ではそうした国々を参考にしている気配は全くありません。

さらに言えば、「9条改正は賛成だけれど、96条改正は反対」であっても、「賛成」か「反対」のどちらかしか意見は問われません。

どうしてもやるというのなら、現行憲法に対して逐条的に示し、投票も逐条的に「賛成」「反対」を記述させるべきです。

つまり、憲法改正とは別次元の問題として国民投票に関する問題点が結構あるようです。

まとめ

国民投票法をきちんとして国民的コンセンサスをとることが最優先
憲法典を書き換えたからと行って、国民規範が即座に変わるわけではないようですので、まず、時間をかけて、憲法改正の手続き法を国民的議論をしなければならないと思います。

多数に物を言わせて何でも強行採決してしまう内閣、政権与党では、民主主義も民主主義も反映されていません。反映されるのは政権与党とその支持母体と利益団体の利益と偏向した思いの実現でしかありません。

改正する条項の全てを賛成する場合に限り「賛成」で、一部に疑義がある場合は、必ず「反対」にすべきこと

意見考えがなければ棄権しないで「反対」に丸をつけること

有料広告は全面禁止とすること。総務省の広報予算に於いて国民投票への投票を呼びかける程度に限定するべき。

最低投票率50%以上とすること。最低投票率を割り込んだら「不調」とするべき。

総選挙を挟んだ複数内閣における国会議員3分の2の賛成が前提
次に議論すべきなのは憲法改正の手続きです。

1内閣が発議して国会を強行採決したとしても、そのまま国民投票にすべきではなく、次の総選挙で付託を得た内閣に於いて、再度、決議をし、それでも3分の2を獲得して初めて国民投票にすべきです。

そのためには理解を得る努力を重ねること以外に方法はないわけです。

憲法改正は、急ぐ必要もなく、また、急ぐとするなら、たまたま多数議席を確保した政党の意向のみが反映してしまいます。このことは独裁政治に繋がることでもあり、絶対に容認してはいけないことだと思います。

現下、連日繰り広げられている加計学園問題、森友問題では総理夫妻への忖度が根底にあることは自明です。

防衛省問題では、政治的に不都合なことが、ひいては自衛隊の活動に影響を及ぼすことを不利益と判定して情報隠蔽をしています。

武力を持つ最大集団が独自の判断で内閣や文民統制を軽視し逸脱しているわけで、内閣を軽視しているというレベルの問題ではなく、国家に対する反逆でしかありません。

反逆

この反逆に対して、速やかな処罰と再発防止のための具体的な方策を徹底的に実施できないような内閣なら、文民統制は任せられません。

そのような内閣が発議する憲法改正など、なにも信じられないことになります。

安倍総理夫妻は、直接的影響は無かったものの間接的な影響は大であった事は客観的事実であり、そのことでヒト一人が死に至っていることに対して、明確な責任(つまりは総理大臣、国会議員を潔く辞職すること)を自ら取るくらいの高潔な人格者でない限り、憲法改正だなんて、笑止千万です。


天皇でさえ、昭和20年を境に現人神から人間天皇になったというのに、相撲では「伝統」「神事」と称し、未だに女性は「不浄」だと臆面もなく世界に対して主張して、笑いと驚きを買っています。

これをおかしいと言う人がいない事自体、日本という国の後進性を顕著に示していると思います。

京都だって鎌倉だって、いたるところを開発し、壊し、ビルを建てまくるくせに、「伝統」「神事」といえば、「文化」だと思うところに大いなる錯誤を禁じえません。

相撲

女系天皇」はもとより「女性天皇」の時代になっても「女は不浄」といい続けることができるのか、相撲が国技でなくなるのか、相撲が伝統を守りながらも男尊女卑を止めるかの選択は、いずれ迫られることと思いますので、なるたけ早めに自らの自浄能力で体質転換を図るべきと思います。

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