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あれこれ

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病気自慢

さぼ郎
白内障

昨年、眼科の検診で白内障の進み方が早まっているので手術したほうがいいと言われ、2018年1月に左目の手術を受けました。

そもそもは、区の検診で目の検診のオプションを選んでいなかったのですが検診医の勧めで眼科検診を受けた所、緑内障のチェックも薦められ、初期の緑内障が右目に発覚しました。

で、緑内障で2~3ヶ月に一度、眼科検診を受けていた所、左目の白内障の進みが早まっているとのことでした。通常だと大病を患うとか大きな事故にあった人に見られる現象のようです。そこで手術になったというわけです。

白内障は手術して100利あって、1害もないとのことでした。

2月28日に泌尿器科で前立腺のMRI撮影をしてもらいました。というのはPSAの値が急に上がったので、3年ぶりにMRIを撮ってもらったのですが、3月7日の見立てで前立腺以外に暴行に気になることろがあるというので、日本医科大学へ紹介状を書いてもらいました。

その翌、8日に千駄木の日本医科大学へ行った所、紹介してくれた先生の話では検査のスケジュールを決めるくらいとのことだったのですが、紹介状と一緒に持参したMRIの画像等で問診があり、即座に膀胱内視鏡での検査が行われ、ごく初期の腫瘍があるとのことで、手術が必要とのことで入院の日程を決めました。

入院のためにCTを撮らなければならないのだそうですが、日医大のCTだと予約が埋まっていて時間がかかるので滝野川にあるCT・MRI専用に撮影している病院へ予約を入れてくれました。

CT

その後、採血、心電図、レントゲンをこなして料金9,950円(これだけやって!)払って大慌てで滝野川にCTを受けに行きました。

激動の一日となってしまいました。12日には骨への転移をチェックするのだそうで14日は入院前の検診とのこと。

書きたいことは病気を自慢するのではなく、この速度感がすごいと思うことと、高血圧、白内障、緑内障、前立腺、膀胱の全てにおいて自覚症状がまったくなかったことです。

膀胱に腫瘍があったのに、採尿の検査では尿はキレイだと言われ続けてきました。

小便

いま、たまたまですが、「欧米に寝たきり老人はいない」という本を読んでいます。これは、自力で食事ができなくなった所で、終末治療に切り替えていくのが欧米流のようです。

衰弱して死んでいく場合は、比較的苦痛が少ないようです。

そんな本と同時に「生きているとはどういうことか」という本も読んでいます。こちらには近藤理論の「近藤先生」のことが書かれています。近藤先生によれば、多くの癌はコラーゲンの膜の上にできるのだそうです。

この膜を破るためには酵素が必要で、そうした癌は膜を破って血流に乗って全身に広がるのだそうです。膜を破らない癌は切除すれば、生存率を上げることはできるのだそうですが、膜を破る癌は手術をしても、どこに転移するかがわからず結果としてQOLを下げることになるという考えのようです。

これには賛否があって、答えは、ケース・バイ・ケースであって、それも、近藤理論か否かではなく、多くは、その中間なのだと思います。ときには近藤理論寄りのこともあれば、ときにはアンチ近藤理論寄りのときもあるわけです。

大げさにいうなら生死をかける選択をする場合であっても、状況(年齢、疾病の状況等)に応じた選択をすることが賢明だと思うと、それが絶対であるとする「宗教」は、やはり、人間にとって福音ではないような気がします。

抗癌治療を受けても生存率を上げることができてQOLも回復できることもあれば、結果として転移してしまい抗癌治療で苦しい思いをした挙げ句QOLを下げてしまうこともあるでしょう。

特に高齢になるほどに、QOLを一度下げると、なかなか回復することはできないわけで、その判断は、医者でもなく家族でもなく、自分でする以外にありません。

二十歳前後で知り合って、ずっと腐れ縁を続けてきた、一番の仲良しが、8年前に肺炎で死んだのですが、入院から1週間でした。

医者は多臓器不全が起きていて、生体として死の準備が始まっているとの宣告だったのですが、彼の母親が奇跡が起きるかもしれないとのことで延命をお願いしていました。死の1日前に見舞いに行ったときは苦しむことなくすやすや寝ていましたが、翌日、見舞いに行った仲間の話では相当に苦しんだようです。

書きたかったことは、ワタシの場合では、病の全てが自覚症状が無かったにもかかわらず、ドクターの機転で早期発見ができていることです。内科主体の中規模の総合病院だからであって、ワタシの場合は、内科から泌尿器科、眼科で見てもらいましたし、ときには心臓エコーであったり、脳のMRIだったり肺のCTだったりで、早期発見につなげることができています。

これが個人病院だったら、おそらくなにも発見できていないと思います。また、逆に大病院だったら、その病院内での治療になってしまっています。

やばい病気こそ、自覚症状が無いということです。一切検診を受けずに、自覚症状が出たら終末治療を受けるという人もいます。それもありと思いますが、その選択は60歳とか70歳を過ぎてからの選択のように思います。

ホスピス

いい医者、病院を見つけて、そこで早め早めのチェックをしてもらうことが、家族に対する責任でもあり、後悔の少ない生き方です。不幸にして重篤な病が発覚したときは、どのようにして終末を迎えるかは、年齢に応じた考え方次第ですね。

達成する何物もなく死ぬのも、親に対して悪いような気もしますが、幸いにして両親は、既にこの世にいるわけでもないので、あの世で巡り合ったらお詫びするしか無いです。

日本医科大学:
1876年(明治9年)に長谷川泰により創設された済生学舎を前身とする開学130年を超える日本最古の私立医科大学だそうです。

この「済生学舎」の卒業生には、かの野口英世がいます。野口英世は、なかなかの人物ですね。機転が利く、お金と女にルーズ。それでも成果を上げているし、あの時代にノーベル賞候補として3度もノミネートされています。

あれほど、白人主義で有色人種が切らないノーベル財団で3回もノミネートされたというのは、画期的なことで、それだけでも野口英世という人の凄さが分かります。

丸山ワクチンの丸山千里さんも日本医科大学出身で学長にもなっています。

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