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歴史公文書等

さぼ郎
正義
公文書管理法の第二条は「定義」です。定義ということは、法律の中で使われる用語がスッキリわかるのが「定義」なはずです。
6 この法律において「歴史公文書等」とは、歴史資料として重要な公文書その他の文書をいう。
7 この法律において「特定歴史公文書等」とは、歴史公文書等のうち、次に掲げるものをいう。
一 第八条第一項の規定により国立公文書館等に移管されたもの
二 第十一条第四項の規定により国立公文書館等に移管されたもの
三 第十四条第四項の規定により国立公文書館の設置する公文書館に移管されたもの
四 法人その他の団体(国及び独立行政法人等を除く。以下「法人等」という。)又は個人から国立公文書館等に寄贈され、又は寄託されたもの
このように「歴史公文書等」と「特定歴史公文書等」が「明確に!」定義されています。

7-1 にある、第8条第1項とは、なんぞや?

行政機関の長は、保存期間が満了した行政文書ファイル等について、第五条第五項の規定による定めに基づき、国立公文書館等に移管し、又は廃棄しなければならない。
とあり、第5条第5項を見に行かなければなりません。
行政機関の長は、行政文書ファイル及び単独で管理している行政文書(以下「行政文書ファイル等」という。)について、保存期間(延長された場合にあっては、延長後の保存期間。以下同じ。)の満了前のできる限り早い時期に、保存期間が満了したときの措置として、歴史公文書等に該当するものにあっては政令で定めるところにより国立公文書館等への移管の措置を、それ以外のものにあっては廃棄の措置をとるべきことを定めなければならない。
歴史公文書等」に該当する場合は、国立公文書館等に移管する。それ以外は廃棄する というわけです。で、国立公文書館等に移管されると「特定歴史公文書等」になるわけです。

さすがに、肝心な(といっても彼らにとってヤバイ)文書は、ジャカスカ捨ててしまう官僚の書く文章は、「とっても、分かり易くて親切!」。

7-2 にある、第十一条第四項とは、なんぞや?

独立行政法人等は、保存期間が満了した法人文書ファイル等について、歴史公文書等に該当するものにあっては政令で定めるところにより国立公文書館等に移管し、それ以外のものにあっては廃棄しなければならない。
ようは、これも「歴史公文書等」が「国立公文書館等」に移管されると「特定歴史公文書」になる というわけです。

7-3 にある、第十四条第四項とは、なんぞや?

国の機関(行政機関を除く。以下この条において同じ。)は、内閣総理大臣と協議して定めるところにより、当該国の機関が保有する歴史公文書等の適切な保存のために必要な措置を講ずるものとする。
2 内閣総理大臣は、前項の協議による定めに基づき、歴史公文書等について、国立公文書館において保存する必要があると認める場合には、当該歴史公文書等を保有する国の機関との合意により、その移管を受けることができる。
3 前項の場合において、必要があると認めるときは、内閣総理大臣は、あらかじめ、国立公文書館の意見を聴くことができる。
4 内閣総理大臣は、第二項の規定により移管を受けた歴史公文書等を国立公文書館の設置する公文書館に移管するものとする。
と、長い説明がありますが、要するに「特定歴史公文書等」の実態は「歴史公文書等」から選ばれて国立公文書館等に移管されたもののことなわけです。

ここまでは、ロジカルな話でした。では、肝心な「歴史公文書等」の具体的な規定はどうなっているのかということです。

第2条第6項では「歴史資料として重要な公文書その他の文書」とだけ書かれています。

森友学園問題や加計学園問題で、公文書の管理に対する疑義が発生したわけですが、まず驚くのが省によって違いがあることでした。

また、官僚は口を揃えて「法に則って、、、」というのですが、法には理念があるはずで、公文書管理法の目的は、公文書は「歴史的事実の記録」として「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」であり、「主権者である国民が主体的に利用し得るもの」であることを当然の事実とし「行政文書等の適正な管理」により国として現在の国民のみならず将来の国民に対して「説明する責任」を全うすることを目指すことになります。

これらを目的として公文書管理法があるわけですので、省によって解釈や運用に差異があったとしても、本質は同じでなければならないわけです。

ちなみに、平成13年の閣議決定で「歴史資料として重要な公文書等」として「政策等国政上の重要な事項に関わる意思決定、審議、検討、協議の過程、施策の遂行過程」に関する公文書として決定しています。

具体的には、
・昭和20年までに作成された文書
・保存期間が30年を超えている文書
・事務次官以上が決済した文書
・文書閲覧制度に搭載された文書
このあたりは、客観的に歴史公文書として選ぶことができます。あとは、行政機関の長とか総理大臣が決めるようです。

各行政機関における「歴史公文書」の指定と扱いが、今ひとつ曖昧な感じが否定できません。

古文書
wiki「古文書」にリンク ↑

なにをもって歴史的に重要かということを、どうやって決めるかについては、少なくとも当事者だけで決定することは難しいような気がします。なぜなら、行政マンの得意とする職務ではなく、彼らは政策を立案し、法整備を整えることを得意としているのであって、その政策そのものの歴史的価値を判断するポジションであってはならないと思うからです。

モリ・カケ問題における国会答弁において「軽微な文書ゆえに1年以内に速やかに消去した」というセリフを再々耳にしましたが、その軽微な文書として、
一時的な記録
ラフなメモや計算
意思決定に寄与しないドラフト
参照用のコピー
不要の出版物
が上げられているようです。

同様に「組織文書」といういいかたもしていましたが、行政文書の定義として「組織共用文書」が要件として定義されていますが、文書価値からすれば何人で利用するかは問題ではなく、国民の知る権利との兼ね合いで定義される必要があるわけです。

当記事の論点は、なにが「歴史公文書等」かを明快にしようとしているわけですが、その論点からいささかずれてしまいますが、一部の官僚は、公文書管理法の規定を、国民利益として活用するのではなく、証拠文書の廃棄において違法性がないことの論拠として活用していることは、法律に盲点があることを示していることの証左である気がします。

罰則を設ければいいというわけでもなく、悪い政治が、官僚の行いを悪い方に誘導させているわけで、公文書の管理を主権者である国民(将来の国民を含む)のためという視点を取り戻すためには、まず、政治を良くしなければならないと改めて気づきた次第です。

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