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あれこれ

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雲のない空

さぼ郎
雲のない空なんて、、、」というセリフを書いたクリエイターがいました。その人の答えは「バターのないトースト」。日本人なら「梅干しのないお弁当」ですかね。

雲
青空文庫・石川啄木「雲は天才である」にリンク ↑

これ、朝なのでもっと明るいです。そして、空はもっとブルーです。ま、それがいいたのではなくて、雲のない空って、確かに「天高く馬肥ゆる秋」なのでしょうけれど、やはり、雲があることで、心に響くものになります。

写真は、別にスカイツリーに後光が指しているのではなく太陽が雲に遮られているだけのことです。ちょうど、浅草寺から真東になりますから。

いま、「映像の世紀」の第二集を見ています。昨日はホチキス社の機関銃が大量破壊兵器になったところです。今日は、戦車の登場です。戦車はイギリスが農業用トラクタに鋼板でシェルターをかぶせることで開発されました。

というのは、砲撃を避けるためにドイツ軍と連合軍の塹壕が100m位に接近してきたためです。

ドイツ兵の述懐に「塹壕の中に指輪をした手が1本あった。そのうちに骨だけになった。ネズミは人間の肉が好きなようだ。戦場ではありふれた悲劇にいちいち心を動かしている訳にはいかない」とのことです。

そうこうするうちに塹壕の兵士に異常が発生して来たのだそうです。絶え間ない砲弾の恐怖に心を病んでいったのだそうです。

シェル・ショック」と呼ばれたそうで、イギリスだけでも12万人なったとか。

ワタシのオヤジは陸軍中尉として南方に行ったのだそうです。双方が凄い撃ち合いをしていて、何かの拍子に双方ともに砲撃が止まることがあるのだそうです。それが夜だったりすると、突然の静けさが来ると、発狂して塹壕から飛び出して踊りだしたりする兵士がいたそうです。白人に多かったとオヤジが云っていました。

1944年のアウシュビッツでクリスマスまでに神が解放してくれるという思いがあったようですが、クリスマスを過ぎても神は沈黙だったわけで、一挙に絶望して死んでいく人が増えたのだそうです。

シェルター・ショック」も、神がこのような地獄を作るはずがないという挫折感があったのかもしれません。

アトリエ

顔を吹き飛ばされた兵士のためにアトリエでマスクを作っているところです。なにで読んだのか忘れましたが、脳の研究が飛躍的に発展したのが第一次世界大戦だったのだそうです。

それは、脳に損傷を受けた兵士に対して電極を差し込んで、どの部位がどういう刺激に反応するかなどを、人道的見地など無関係に調べたからだそうです。

チャーチルやゲーリングも、責任あるポストで第一次世界大戦に参加し、人類が踏み出してしまった、人類を滅亡すらさせてしまう戦争のあり方に気がついていたにも関わらず、彼らは第二次世界大戦で主体的役割をしています。

日本軍も日露戦争で将校だったような人々が、大東亜戦争では指導的役割を担っていました。戦争の指導的経験から「人類が踏み出してしまった、人類を滅亡すらさせてしまう戦争」に気がついていたのに、どこの国の誰も回避しようとしていないわけが知りたいです。

中世になって、皇室は存続の危機を迎えることになります。その時になって、初めて貴族の世界を「世襲」だけで回していくことの困難を乗り越えなければならないと思い、それなりに克服しようとしています。

しかし、「能力」は世襲出来ないことをよく知っていました。科挙もどきの試験を取り入れてみたりしてはいますが、中国を見習うとすれば皇帝は世襲よりも下克上で天下が変わります。

天皇を万世一系にするなんてのは幕末の考えですが、とはいえ、なんとか皇室が世襲として安泰である限り、取り巻きの貴族も安泰でいられるはずです。

とはいえ、古代において(平安時代までに)厳然とした世襲社会が作り上げられてしまっていて、能力ある下級貴族の階級を引き上げることもままならないようになっていたようです。

そこで「評議会」のような、いまでいうなら「私的諮問委員会」とか「ワーキンググループ」に能力のある下級貴族を積極的に登用していくことになります。ただし世襲はさせません。

北条泰時や義時は、それだけ朝廷から見れば強力だったようです。次の危機が後醍醐天皇が建武の新政を行ったときですね。

で、能力の高い下級貴族の登用において、能力の次に不可欠だったのが「」になります。能力がいくら高くても「」のない人間に権力を渡すと国を滅ぼすとまで言っています。

いまの政治をみて、ワタシごときがとやかく言えた義理ではありませんが、偏差値はとても高い高級官僚も、国会中継など見ている限りでは、とても「」があるとは思えない言動に終始しています。

政治家の「」なんて、かまどの煙を見て庶民が飯食ってるから安泰だなんて言っていた頃ぐらいまでだったのではないでしょうか。
「教育勅語について、排除・失効決議に関係なく、副読本や学校現場で活用できると思うがどうか」という質問について、文部科学省初等中等教育局長は「教育勅語の中には今日でも通用するような内容も含まれておりまして、これらの点に着目して学校で活用するということは考えられる」と答弁している
この「初等中等教育局長」は、かの前川喜平さんです。つまり、彼の中で政府に楯突いてやるのが正義だという変節が起こらなければ、彼とて、内閣府の官僚同様、のらりくらりの答弁で野党議員をはぐらかして、今頃はおいしいポストに天下ってふんぞり返っていたわけです。

一転することで、一躍、正義の権化になってしまいました。「」なんて、所詮、風呂の中の屁のようなものでしかないと思います。

」とは生得的なものではなく、生きる過程での一現象に過ぎず、自分の中の物差しを変えさえすれば、それなりの能力がありさえすれば誰だってアイヒマンになれるというのが、ハンナ・アーレントの主張でした。

ハンナ・アーレント
wiki「ハンナ・アーレント」にリンク ↑

となると「」なんてものは、都合と立場によって極善から極悪にいとも簡単に翻ってしまうことは夏目漱石の「」に詳しいと思います。能力を信ぜず、徳も信ぜず、ひたすらに世襲だけを信じてきたのが天皇制であり貴族社会であったわけで、武家政権によって日陰者にはなりましたが、明治までは継続できたのも、後宮(おめかけさん)の支えも大きかったのでしょう。

その世襲を「万世一系」と標榜して既成の権力構造(つまり弱体化した徳川幕府)を壊したのが薩長であり、昭和になって、その薩長の型枠を壊した帰結が大東亜戦争であったわけです。

出身県別
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陸軍大将
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大将が山口と鹿児島と皇族に集中していますが、2.26が起こり戦雲が急を告げだすと、薩長から大将がほとんど出なくなっています。2.26で昭和天皇が皇道派に対して怒ったということが影響したのかもしれませんが、よく分かりません。

ところで、選挙だそうです。憲法で「解散」は6箇所に書かれています。解散には「第七条  天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。」というのがあります。

つまり、天皇でなければ解散は出来ないわけですが、「解散しない」と言えば政治的関与になってしまいます。

第六十九条  内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したとき

自民党の幹事長も内閣の官房長官も、二言目には「解散は総理の専権事項」としたり顔で言います。しかし、いくら「専権事項」とはいえ、天皇の国事行為を超越するはずはないと思います。また、内閣が助言と承認をするわけで、内閣総理大臣の専権でもありません。

それをあえて言葉に出してしたり顔なのも、なんだか僭越(少なくとも天皇に対して)であると同時に、とても軽薄(少なくとも国民に対して)な感じがして嫌な気分になります。

いくらカネがかかるんだ!

内閣の助言と承認により「国民のために」解散という国事行為を行うのですから、国民はよりよい選択をしなければなりませんが、選挙のたびに政治のレベルが低下していると感じるのは、ワタシだけなのでしょうか。

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