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あれこれ

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教育問題と教育ローン

さぼ郎
教育

2017年8月28日のモーニングサテライトで、アメリカの教育ローンについて触れていました。学生ローンの残高が1兆4千億ドルだそうです。日本円にして約153兆円です。

そもそも、アメリカのクレジットカードの残高がアメリカ市場最高額を更新したというニュースもありました。それによれば、6月のリボ払いのカード債務残高は1兆217億ドル=およそ112兆円に達し、過去最高額だそうです。

日本の銀行も盛んにリボ払いを薦めてきますが、これはサラ金です。日本銀行はフィンテックなどへの対応よりもサラ金で収益をあげようとしているのだから、かなり悪質な気がします。

リボ払いとスチューデントローンとでは性質が全く違いますが、クレジットカードの残高よりもスチューデントローンのほうが大きな額であることに驚きを禁じえません。

日本の場合だと、大学は大方、親の支援で行くものと相場が決まっている感じがしますが、それはともかく、親の資産が教育に大きな影響を与えるということは、すなわち、教育格差に直結しているということにほかなりません。

大学

国会議員になっても秘書に暴行したり、高級官僚になって愚かな政治家の愚かさを誤魔化そうとして嘘八百申し述べるために、東京大学を出るのでは、とってももったいない気もします。

その国立大学であっても、昔は、お金がなくても行けるのが国立大学だったはずですが、いまでは塾やら予備校やら家庭教師やらに大枚をつぎ込まなければいい大学に入れないので、その時点で、親の資産がものを言います。

アメリカでは、AP(Advanced Placement)と呼ばれる、大学の一般教養に相当する難しいクラスを高校で履修できたりして大学に入る前に少しでも多くの一般教養をクリアしておけば、その分の単位を取得しないで済むので、結果として学費を浮かすことができるという仕組みです。

まず、日本では無償化を憲法に書き込もうなどとは言っていますが、それはあくまでも学生の為を思うことではなく、憲法改正そのものを実現するための政策的な意図でしかない感じです。

教育の制度を変えれば、ストレートに学力が変わるのかは不明です。かつて「ゆとり教育」というのが行われました。広義には1980年から、狭義には2002年から2010年代初期まで行われたのだそうですが、その結果についてのレビューを目にしたことがありません。

かたつむり

ゆとり教育をすると学力が低下し、脱ゆとり教育で学力が上がるというような単純な問題のようにも思えません。なぜなら、「資質」は、受ける教育と相関があるはずがないからです。

wikiで「ゆとり教育」を調べてみると、「詰め込み教育から考える教育に」と、本来あるべき教育のスタイルであるような気もします。まさにフィンランドに近い教育スタイルじゃないでしょうか。

これがうまく行かなかったのは、むしろ、教わる側よりも教える側に問題があったように思えます。

教育を無償化すれば学力が上がるのか も、今ひとつ不明です。要するに「」や「予備校」のようなお金がかかるものを廃止して、」や「予備校」で入試対応に特化した勉強のスタイルを止めることから始めれば、そんなにお金がかからないし、憲法を書き換えるなんて大仰なことをしなくても済みそうです。

教育の中身を変えれば、対応できない教師がたくさんいることは自明のことです。受験の仕組みを変えればいいだけのことのような気がします。

シンガポールに孫がいる知人の話では、中学くらいから進学コースへのフルイ分けがされるようですが、学問への適正や職業への適正、技芸への適正など、青少年たちの求める有り様を、もっと、考えることと、そのことへの社会の対応が不可欠だと思います。

子供

人生の多様性に即した教育のあり方を青少年を交えて追求していくことが、とても重要な気がします。

平安時代の、一時期に、女性の文学が開花したという歴史があります。6世紀ころに仏教が伝わったとされており、もちろん、その前にも漢字は伝わっていたわけですが、その漢字を日本語として使えるようにしたことと、漢字の書き方から平仮名やカタカナを開発したことなどが、どのように作用したのかは不明ですが、ともかく、女流文学が開花したわけです。

そして、奈良・平安・鎌倉・室町・江戸の人々は漢文を読むことが出来たしインテリは書くことも出来たわけです。

明治期の学力は、文盲率だけではなく、漢字を駆使することが出来た言語能力が、国力を支えていたように思います。いま、見直すべきことは、児童からの英語教育などではなく、漢字教育ではないかと考えていますが、根拠は全くありません。



兵器と大学」という本を借りてきていた、そのことに結びつけようと思っていて、話がそれてしまいました。

NHKがスペシャルでやっていた石井細菌部隊で、東京帝国大学や京都帝国大学の研究者が動員されていたことを赤裸々に流していました。

科学

防衛予算から大学に流れる研究費は、軍事利用されることが前提になっています。なにも大学で研究することもなく三菱重工でやればいいように思います。

で、兵器開発に携わりたい研究者は三菱重工に就職すれば、それで解決が着くように思います。

安倍政権になって、2013年の閣議決定で、「国家安全保障戦略」として防衛省では「防衛生産・技術基盤戦略」で大学や研究機関との連携を組み込んでいます。

その具体策が2015年の「安全保障技術研究推進制度」で、防衛省の掲げたテーマに係る研究を公募し、お眼鏡にかなえば防衛省から予算がもらえるというわけです。

同じく2015年に安倍政権は集団的自衛権行使を含む安全保障法制を成立させ、実質的に武器輸出を禁じてきた「武器輸出三原則」を廃止して、「防衛装備移転三原則」に変えて武器の輸出ができるようにしています。

北朝鮮の動向、中国の動向が現状を変える危険をはらむとして、では、一体どこまで防衛予算を増やせば、東アジアの緊張が緩むのかは、森友・加計学園問題で露呈した安倍内閣で、的確な舵取りができるとは思えません。

アメリカでいう「択一的右翼」のような安易な右傾ポピュリズムは、お祭りの太鼓のように勇ましく、景気がいいのですが、資源も工業生産力にも制約のある日本の現状から考えて、なおかつ、大東亜戦争の反省に立脚して、どうするのが、日本の役割かを考えなくてはいけないように思います。

平和

平和立国と教育立国以外に生きる道があるのでしょうか?

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