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マグネシウム電池と人工知能

さぼ郎

電気自動車(日産のリーフ)の充電テストに関わったことがあります。空っけつから満タンまでに200ボルトで12時間位かかります。もっと高圧の充電では30分でも千葉県の袖ヶ浦から都内東側辺りまでしか帰れません。 

こんな、馬鹿なもの、まともに使う人がいるとは思えませんでした。 

とはいえ、モーターと内燃機関を内包するようなハイブリッドのメリットも、売れているほどにはメリットを感じません。

機構が複雑だし、電池重量も燃費にいいはずもない。

製造に関わるトータルのエネルギーを考えれば、そんなにも利口なプロダクトではなさそうです。 

では、水素か? 

」は結構安定しているようなので、それを分解するのに多大なエネルギーを使うなら、いかがなものかと思います。

酸化チタンによる光触媒で水が分解できるという発明をした藤嶋昭さんの講演を聞きに行ったことがありますが、多くの人は「水素」が分離できることに着目したようですが、当の藤嶋先生は、現実性がないと言っていました。

藤嶋昭 
記事にリンク ↑ 

要するにかけるエネルギーと取り出せる水素の量とのバランスでのことで説明していました。 

さらに、水素は危険な物質でも有り、いずれ大きな事故において、さらなる事故の規模の拡大を招くことも予見されます。 

その上、インフラとして水素ステーションをどれくらい作ればいいのか?

ガソリンに比べてどれだけのメリットがあるのかを考えれば、自家用車において水素の時代が来るとはとても思えません。

 知人の家の近くに水素ステーションがありますが、1回も水素を入れに来ている車を見たことがありません。ま、「MIRAIに未来はない」というところでしょうか。 

MIRAI
MIRAIのサイトにリンク ↑ 

で、冒頭のサイエンス・ゼロです。 

マグネシウムの電池だそうです。それが、どれだけ実用的なものになるのかは不明ですが、自分的な結論が見えました。

 将来の自動車は「交換可能電池+モーター」による車になると感じました。電池は充電するのではなく交換するわけです。

つまり、「交換電池ステーション」で、バッテリーを交換すればいいわけで、交換はロボットにやらせればいいだけのことです。

 これなら、今のインフラがそっくり使えますし、危険性もない。モーターを電子的に制御することは、これから来るであろう自動運転社会においても有効です。 

つまりは、トヨタの選択---ハイブリッドから水素---は、完全に間違った経営判断であるような気がします。 次なる東芝という感じでしょうか。

ここからは、人工知能。 

 

Deep Learning」の本を買ってきたので、理解できるようでしたら、連載してみようと思っています。

囲碁でも将棋でも、最高レベルの棋士が考えもしないような手を人工知能が打つようです。

考えもしない」というのは、それだけ固定観念にとらわれているわけです。 AIは「勘がいい」そうです。

機械学習レベルでは、1秒に何手読むかになりますが、「Deep Learning」になると、せいぜい300局面程度なのだそうですが、盤面を画像的に認識して教科学習した結果から、その盤面における最高の好手を見つけることができるのは、「Deep Learning」という抽象化技術に大きく依存しているようです。

齋藤元章 
「齋藤元章」さんの記事にリンク ↑

齋藤元章さんは医師であると同時にスーパーコンピュータを製造する会社の社長でもあります。 

かれは、理研の「」の1280倍早いスパコンを作ろうとしています。そのスケールを「エクサフロップス」というのだそうですが、この「エクサフロップス」が実現される社会では、エネルギー問題、食料問題は完全に解決され、不老、不労の社会が来るのだそうです。 

 この状態を「プレ・シンギュラリティ」と呼ぶのだそうです。そして、この先にあるのが「シンギュラリティ」ですが、人間のように意識をもって学習する「汎用人工知能」が生み出され、現在のわれわれの知性では形容する言葉すらもてない、驚異的な新しい“何か”が生まれるらしいです。 

齋藤さんは、「プレ・シンギュラリティ」「シンギュラリティ」は、日本から起こさなければならないと主張します。

その理由は、人工知能が意思を持つ時、その人工知能に「倫理観」を与えなければならないからです。

かつて、どこぞの政党で行われた事業仕分けで、理研の持つスパコンが世界一位を目指した予算を計上した時に、「2位じゃ、だめなんですか」といった方が、いまではどこぞの政党の党首になっていますが、「2位の前に2重国籍はダメ」であることをツマビラカにするべきでしょうね。

しかし、「不労、不老」の社会における「幸福」とは、一体どのようなものなのでしょうか?

ちょっとは覗いてみたい気もしますが、ギリギリ間に合いそうもありません。

あるいは「幸福」が蔓延してしまっていて、あえて「不幸」を求めるような社会になっているのかもしれませんね。 そうなると、やっぱり戦争でしょうか? 

そこを考えて我らが安倍総理は憲法改正を求めているのかも。

でも、そんな時代には、世襲政治家より、人工知能の政治家のほうが「ソンタク」もなくて、よっぽどマシになっているような気がします。

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