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あれこれ

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芸人と芸能人

さぼ郎
芸人

テレビを見ていると、主として芸能人や学者などを複数人集めて、喋らせるような番組で議事進行をする役割の人を「MC」と読んでいます。
司会、司会者、番組進行役(英: master of ceremonies, master of ceremony)のこと。転じて、コンサートなどで、演奏の合間に演奏者が話をすること、またはその時間。
wikiで調べるとセレモニーというと「儀式」とか「祭典」を考えてしまいますが、「番組」もセレモニーに入るようです。

で、MCに不可欠なのが「ひな壇芸人」で、この2つが揃うと「バラエティ」という形式の番組が、ほぼ完成します。制作側からすれば、実にイージーです。

フタコト目には「公共の電波」を標榜する割には、芸人たちが歯をむき出しにして笑う姿を見せることで構成される安易な番組で、形式が同じだから局の差異も出にくいように思います。

芸術家

MC」として仕切るような、ま、年季の入った芸人は、おおかた「芸術家」としての振る舞いを仕出しますし、ウンチクを述べるようになります。甚だ私的な発言に終止しているにも関わらず、世間を代表している、あるいは、世間一般を凌駕しているという自意識を散見するようになります。

こうなると、ただのお笑い芸人ではなく「大御所」という扱いを受けるようになっているのが、最近の傾向らしいです。

つまり、「芸人」は、長くポジションを確保できていさえすれば「大御所」になり、そのうち発酵して「芸術家」になるという、いわばクサヤのような仕組みのようです。

そうなると、「芸人」と「芸能人」の違いが鮮明でなくなります。これは、長く差別などとも関係があって、wikiにもはっきりしたことが書かれていません。

芸能人
芸能を職業とする人。本来「観客の前で芸を披露することをなりわいとする人々」を指す。広義の意味の芸能人は伝統芸能を披露する人々を含む。
芸人
なんらかの技芸や芸能の道に通じている人、または身に備わった技芸や芸能をもって職業とする人のことを指す日本特有の概念である。
」があってもなくても、本質に変わりはなさそうです。しかし、wikiを丁寧に読み込んでいくと、
本来の意味での芸人全体を構成する一部であるお笑い演芸の更に一部にすぎないはずの「お笑いタレント」のみを指して芸人と呼ぶ用法が若年層を中心に一般化しつつある。
このことは、
芸能人の語が本来の意味を離れいわゆるテレビタレントのみを指す語として日本で定着していった現象と軌を一にしており、日本の大衆社会におけるテレビの位置付けや、日本の大衆社会における演芸や芸能に対する認識の水準を物語る現象
ということでもあるようです。整理すると、

芸人 ≒ お笑いタレント

であり、

芸能人 ≒ テレビタレント

のようです。そうなると、「役者」は「芸能人」ではないのかというと、相対的にタレントが芸能人であるなら、役者は、もう少し「」という感じのポジションになりそうです。

役者
日本では平安時代末期に田楽や猿楽という演劇があり、田楽法師や猿楽法師が演じており、これが日本での職業的俳優のはじまりだと考えられている。その後、能を演じる能役者が現れた。また江戸時代初期には歌舞伎を演ずる歌舞伎役者が現れた。
田楽法師や猿楽法師が職業的俳優の始まりで、猿楽から「」に発展するわけです。
1375年に京都今熊野で観阿弥が息子の世阿弥とともに演じた猿楽能を足利義満が見物、以降、将軍はじめ有力武家、公家らの愛顧を得、観阿弥が率いる観世一座は幕府のお抱え的存在とみなされるようになる。
というような流れから猿楽の隆盛が始まるようです。「」と呼ばれるようになるのは明治からのようで、江戸時代までは「猿楽」と呼ばれていたとのこと。

歌舞伎は、「出雲の阿国」が始めたことになっていますが、その記録は慶長8(1603)年とのことですので、そんなあたりからの変遷で、今のような形になったわけです。

阿国
「阿国」にリンク ↑

芸能のことは時代と共にかなりの変遷があるわけですが、一貫していることは庶民を楽しませる技芸であるということです。いまでは、歌舞伎や能が、伝統芸能として格調の高い芸能になっていますが、庶民の価値観が変われば芸能の役割も変わっていくわけで、人々の「楽しみ」は、かなり移ろいやすいもののようです。

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