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日本語全史

さぼ郎
出版

本屋でブラブラしていて、筑摩書房の「日本語全史」という新書を買いました。本屋で見つけた本を欲しがる自分を考えてみると、これは欲望全般に言えることでもあるのですが「欲しい」という気持ちが「よく吟味する」という思考を阻害しています。

ちなみに、著者は沖森卓也さんという方でwikiで調べて見ると、まさに日本語の専門家のようです。

何がいいたいかというと、家に帰って買った本をそれなりに眺めてみると、新書というよりは専門書のような内容で、字も小さく、ページ数も多く、新書とは何かという原点を見失っている出版物だと気が付きました。

言いたいことの一つには自制する意思の弱い人間にとって「欲望」の言いなりになってはいけないという戒めです。もう一つは、出版社の力量不足。

日本語全史

2006年に山口仲美さんが書いた「日本語の歴史」という岩波新書を持っているのですが、本文220ページで1行42文字、16行で作られています。

基本的にはちくま新書の「日本語全史」と同じ行詰め、文字詰めです。ただ、ちくま新書はページ数が433という常識を超えたページ数であるということです。

このページ数で16行にすると、厚みに負けてノドの奥に文字が回り込んでしまって本の中央部がとても読みにくくなります。

日本語の歴史

新潮新書に「編集者の仕事」という新書があって、新潮社で編集をずっとやってきた柴田光滋さんという方が書いています。

編集者の仕事

この方によると、新潮社の新書は文字の大きさが9.25ポイントか9.5ポイントかで検討するために実際に組んでみて検討した結果、9.5ポイントに決定したのだそうです。

文字の級数が決まると1行あたりの文字数になりますが、これも39文字にするか40文字にするかで検討した結果、39文字に決定したのだそうです。

なぜなら、上下の余白に影響が出るのだそうですが、読者の主たる対象をサラリーマンとすると、電車の中でも読みやすくするためには39文字が良いという判断だそうです。

行数は13行から15行ということで、編集者の仕事」では14行になっています。マックスでも15行です。

で、冒頭の「日本語全史」は、全くダメです。編集にポリシーがなくて、著者の言いなりに本を作っている感じです。

つまり、著者の書きたいように書いた。読者はそっちのけです。ということは、編集者も介在していないのに等しい出版物だと言わざるを得ません。

岩波新書の「日本語の歴史」では、1行42文字で1ページ16行ですから、新潮新書より行数も1行あたりの文字数も多いことになります。

ページあたりの文字数で言うと、岩波新書が672文字に対して新潮新書は546文字ですから、新潮新書の文字数は8割になります。

編集

余白は、全体のバランスで決まるようです。14行か16行かで、大きく異なるのはのどにかかる落ち込みの部分の読みやすさになります。

ともかく何がいいたいかというと、いま、老人社会真っ盛りであること。そして、出版は不況だということ。

足して2で割れば、文字は大きくし行間も確保しなければ少なくとも老人は手に取らなくなるということ。

なかでも最低なのがちくま新書の「日本語全史」です。体裁も最低ながら、内容、ページ数共に、誰向けに出版しているかという視点が欠如しています。

内容は、そこそこに専門性がある必要がありますが、素人が読むということを忘れてはいけません。素人(の老人)にわかるように書かれていなければ新書の役割を果たしていません。

なんでも内容を盛り込めばいいという著者の自己満足に対して編集者が明確な指針とアドバイスをしなければ出版社としての役割を果たしていません。

本の内容以前の問題としてちくま新書の「日本語全史」には大いなる疑問を感じました。

ちなみに、どうしても気分が収まらなくて筑摩書房には、新書を作るという観点を考えて欲しいというお願いのハガキを出しておきました。軽度のクレーマーです。

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