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あれこれ

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綸言汗の如し

さぼ郎
汗

綸言汗の如し」という言葉があるそうです。

皇帝が一旦発した言葉(綸言)は取り消したり訂正することができない

という意味なのだそうです。それぐらい重い言葉であると言わけです。

そもそもは孔子の「王言如絲,其出如綸;王言如綸,其出如綍」のようで、王の言うことは仮に糸のような細いことであっても、「」のごとくになる ということのようです。「」とは、太い糸。だから、王が言う「」ならば、「」のようになってしまう となります。

ふつ

」は「ふつ」と読み、太いロープのようなもののようです。
一旦皇帝から発せられた言葉は仮に誤りがあっても、それを訂正することは皇帝が自らの絶対無誤謬性を否定することになり、皇帝の権威を貶めてしまうためタブーとされた。
とあります。つまり、偉い人、例えば総理大臣とか、そのご婦人、あるいは防衛大臣が、国会で何かを言えば、かりにそれが間違いであっても訂正することは、その権威性を貶めることになるわけです。

仮に総理大臣夫人が名誉校長になる小学校の土地の所有権が絡む問題で、土地を何とかしないと開校できないという事情があって、それを総理夫人の秘書から問い合わせてきたら、発端は「」のような話でも受け取る側(理財局)にとってはロープのような話になってしまうわけです。

防衛大臣も、籠池さんのことで法廷に立ったことも忘れたといい、森友学園の土地に関する財務省との打ち合わせにご主人の事務所を貸したことも忘れてしまうような阿呆なら、大臣など務まるはずもなく、忘れたのではなく嘘を言ったのなら国会を愚弄したことになります。

いずれにしても「アウト」なはずなのに、総理大臣はどこが好きなのかは分かりませんが「説明責任を果たした」とのことです。

一度吐いた言葉をいともたやすく訂正するような大臣や内閣なら、そもそも職責に対する権威は地に落ちているわけで、そこを糾弾しきれない野党も阿呆でしかありません。

さらに、内閣、与党、野党の一部、大阪府の維新、そして籠池さんを通じる共通のキーワードは「日本会議」です。

不思議なことに、日本のメディアが触れたがらない「日本会議」が、共通のキーワードとして、作用しているような気がします。まさか官僚までとはいいませんが、結構、奇異に感じます。

今回の森友学園の騒動で、主体的に情報を獲得し、流し、そして籠池さんが上京してきた折にマンションを提供した、菅野完というライターも「日本会議の研究」という本を出していて、それに対して日本会議の偉い人が150箇所の訂正事項があると言っていました。

その、菅野さんは「国有地売却を決めた財務省と、小学校の設置認可妥当とした大阪府」にこの件の核心が有ると言っています。

さらに言えば、小学校の土地に廃棄物が埋蔵されているということになったときの積算根拠も明確にするべきと思います。


日本会議の研究

大方の人が思っていることを代弁すると、
籠池さんは日本会議に関わりがあった。
その籠池さんに総理夫人秘書が関わったことから理財局が「忖度」し、土地の価格が大幅に値下げされた。
大阪府でいろいろな便宜が図られた背景にも日本会議が共通項であった。

しかし、森友学園の運営方針が日本会議の思惑を超えて、あまりに低劣な振る舞いで目立ち過ぎ、邪魔になった。

そこで、梯子を外すことにした、、、。

あたりが正解で、総理の主体的な働きは、おそらくなかったのだと思うのですが、愛する妻の「綸言」が招いたことであることは明らかなわけなので、日本会議宿願の「憲法改正」が目の前なのかもしれませんが、潔く、防衛大臣ともども政界から身を引くタイミングのような気がします。

彼ら(少なくとも総理と防衛大臣)が政界にこれ以上君臨することは、さらなる政治の退廃を招くような気がし、とても「美しい日本」とは乖離が大きくなり、「醜い日本」に貶めてしまうことを、身をもって回避するべきと思います。



260万回再生されている山陰の風景です。これが「美しい日本」。

応仁の乱」という新書が売れているそうです。その根底にあるのは「混迷」。

台東区の図書館で調べる限りでは呉座勇一さんの「応仁の乱」は3冊あって53人待ちの状況です。

ブームというのは凄いものだと思います。

政治が阿呆化し、自らの阿呆に、阿呆であるがゆえに気づけ無い。かつての時代でいうなら公家たる高級官僚が、本来であるなら権力中枢にあるべき天皇不在であるゆえに、好き勝手を展開しています。単純に偏差値の違いで籠絡されているのに阿呆で有るがゆえに築けないという構図のような気がします。

応仁の乱の発端は畠山氏の跡目争いであり、斯波氏、細川氏の跡目争いに山名宗全や細川勝元の権力闘争があった。足利家自体にも弟の義視と富子が産んだ義尚の争いもあった。

さらに長期化した背景には、飢饉などで食い詰めた人々が足軽として一旗揚げようとした事もあれば、乱に乗じて金持ちから金品を強奪したりした。

都から守護として大名が、在地に帰ってしまったこともながびいたいちいんであったかもしれません。

混迷

確かに「混迷」は当たっていますが、次元もレベルも全く近似する部分はないように思いますが、いずれは「応仁の乱」を買って読んでみようと思っています。

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