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「応仁の乱」が人気だとか

さぼ郎
応仁の乱」、その前に。



遅延16秒」は想像がつくとして、「失敗の26%」は何が失敗なのでしょうか?

ま、それはさておき、NHKによると「応仁の乱」が人気だそうです。そこで台東区の図書館を調べてみました。

書名」で「応仁の乱」として検索すると、16件ヒットします。「キーワード」で検索すると88件のヒットです。

しかし、大方の本は誰も借りてもいないし予約もされていません。ところが、「呉座勇一」という著者の「応仁の乱」だけは台東区に2冊ありますが、なんと39人待ちです。

応仁の乱

室町無頼」は、4冊あって18人待ちという状況です。これは、きっと何かがありますね。

室町無頼

NHKでのお話は聞かなかったのですが、時代背景が昨今の状況に似ているのだそうです。

さしずめ、足利義政が安倍総理で昭恵夫人が日野富子なのでしょうかね?

日野富子は、悪女だそうです。それも「日本最大悪女」だそうで、北条政子、淀君、そして日野富子なのだそうです。幼稚園の教育方針に感動し、愛国を柱とする小学校の名誉校長になった昭恵夫人を悪女になぞらえているとしたら、ちと可愛そうです。

むしろ、義政誕生の背景や、義政の将軍として決定権などを本などで読む限りでは、東芝の没落していく背景に似ているような気がします。

たまたま、NHK大河の「太平記」などをDVDで見ている関係上、そのうち、この「呉座勇一」さんの「応仁の乱」は読んでみようと思っています。

足利尊氏の正室の嫡男が2代将軍「義詮」。義詮の側室の子が3代将軍「義満」。その側室の子が4代将軍の「義持」。その正室の子の「義量」が5代将軍になる。この義量は酒の飲み過ぎで19歳で死去し、その後、義持が復権するが同母弟である「義教」が6代将軍。

つまり、義持と義教は兄弟。この義持は、父である義満を否定し、北山第は金閣を除いてことごとく破却したり、明との交流を拒否したり、どういう人柄だったのかはいずれ調べようと思っています。

で、この義持が死に至って後継指名を拒絶したので、クジで決めたのが「義教」。クジで選ばれたということが影響したのか、もともとの正確がそうだったのかは分かりませんが説によれば異常性格者。

義教は暗殺され、その嫡男である「義勝」が9歳で7代将軍になるものの10歳で死去。で、その兄弟であった「義政」が8歳で将軍になる と、めまぐるしいです。

義政のあとは、「義材」「義澄」(義稙)「義晴」「義輝」「義栄」「義明」と続きます。この殆どは京都に住むことができませんでした。将軍なのに放浪していたようなものです。

それにしても「権力」とは、不思議なもので、人間を大きく変えてしまいます。それは普遍的な事実なのか、はたまた、一部の人間だけなのかは不明ですが、ワタシ個人の生き方としては、あまり他人に人生には関わりたくないと思っています。

(宿命+環境)× 生き方 = 運命

これが帝王学なのだそうです。

ベートーヴェン

宿命は、自分が生まれたときに組み込まれている、変えがたい持ち分で、「環境」と「生き方」で「運命」が決まるわけです。

環境」というのも、いささか「宿命」に近いように感じますが、多少は自分で選べるかもしれません。

そこに「生き方」を掛けていますが、この式にはいっさか合点がいきません。「生き方」にしても「宿命+環境」の影響が大きいわけで、純粋に自分が生き方を選べるわけではありません。

また、「宿命」の中には「容姿」や「賢愚」「力量」なども含まれると思います。

(「宿命」と「環境」と「生き方」)✕「性格」

が相互に影響し合いながら「運命」を形成していくような気もしますが、ただし、大方のヒトには「運命」などを意識することもなく人生をつつがなく過ごしていけるわけで、将軍とか総理とか、有名芸能人とか、はたまた総理夫人などになってしまうと、「宿命」や「運命」などという言葉に実感が有るように思えます。

血圧を測るようになって、血圧を意識するようになりました。体重を測るようになって体重を意識するようになりました。そこで、日々、使うお金を記録するようにしたら、お金を意思するようになりました。もっと早くに気がつけばよかったです。

生き方」と言うのは意識することから始まるのですね。性格が変わるほどの権力は持ちたいとは思いませんが、性格が変わるほどの資産は持ってみたいですが、一旦持ってみれば失いたくないので、みみっちくなることは想像に難くありません。



こんな記事がありました。

アフリカ
「ビジネスでアフリカに貢献する理由」にリンク ↑

自分の中には「彼らと出会ったことで作られた部分がある」。同時に、彼らにも、銅冶勇人さんと出会ったことで作られた部分があるのでしょう。

人と人との出会いの「ちから」は、そのようにして影響し合うものと思うのですが、当然ですが、その影響には強弱もある。しかし、自分を変える一番大きなチカラは「感動」とか「衝撃」とかではなく、「日常」なのだそうです。

こうした、まばゆいばかりの善行を目の当たりにしても、何もしない、なにもできない自分は、それなりに許容しています。

こうした場面で、生きてくるのが「荘子」です。努力するヒトは努力すればいい。努力しないヒトは努力しなければいい。あるがままの自分を受け入れ愛でること。なりたい自分を考え、なりたい自分になろうとすることが、いかに大切かと思うのです。

無為の為」。なにも為さないことを為すことの大切さを金科玉条にしています。

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