PAGE TOP

取り組み

印刷する

忖度と斟酌

さぼ郎
忖度

そんたく」と読むようです。「他人の心をおしはかること」という意味のようです。ようするに「相手を慮(おもんばか)ること」ということ。

ネットで調べると「側近が小沢氏の意向を忖度(そんたく)して締め付けに動く」と出ていました。
2009年の末から、忖度という言葉は、小沢一郎氏の顔色をうかがうことを表す動詞として定着しきているようです。
つまり、小沢一郎のためにある言葉のようですが、

忖度
「忖度」の漢字語源の記事にリンク ↑
他人の気持ちを推し量ることを忖度(ソンタク)といいます。忖は常用漢字ではありません。
と説明されています。

現実には、どういう場面で使われるかというと、「相手のことをおもんばかって、どのようにすることが相手に喜ばれるかを推し量って行動すること」として使われます。

例えば、昨今のメディアが権力者にとって嫌な側面をもつニュースを、ことさら取り上げたり、あげつらうような指摘をすると、直接、権力者からではなく、権力者の取り巻きが、権力者の心を忖度して、恫喝するような事が、結構頻繁に起きているようでもあります。

昨今、メディアで騒がれるようになった、右傾化した幼稚園の用地買収なども、誰かが誰かに「忖度」した結果で、ああいうことになっているのだと思うのです。

だから、権力者は、ただ、そこにいれば、ことが進むようになるわけで、自らが具体的な指示をだしたり、考えを述べる必要すらないわけです。取り巻きの賢い人が、どうすれば権力者の意に沿うことができるか、どんどん先を考えて手を打ってくれるようになるわけです。

これが「忖度」の威力です。

そして、その結果として「自虐的自粛」が始まるようになります。2、3回叩けば、叩かれる前に、叩かれないようにしようとして、自虐的に屈服する訳ですが、権力者、及び、その取り巻きは何ら手を下さずに世の中を意のままに操ることができるようになります。

権力者は、長く、権力の椅子に座っていてはいけないのは、こういうことでも有るわけですが、逆に権力者が長く権力に椅子に座りたいのも、こうしたことからなのでしょう。

権力の座

忖度」とは、証拠の残らない、とても都合のいい合法的「威圧」のことのようです。だから、時の権力者は「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」といい切れる都合の良い、権力者の辞書にのみ存在する便利な言葉というお話でした。


似た言葉に「斟酌」というのがあります。

斟酌」は、相手をおもんばかって「控えめにすること」「手加減する」とこなので、「忖度」とはかなり趣(おもむき)が異なります。

斟酌」は、どちらかと言うと上から下に対して状況を読み取って控えめにするのに対し、「忖度」は下から上に対して言葉になる前に意向を汲み取ってやりようを少しどぎつくするような感じかもしれません。

権力者は「忖度」されることに喜びを感じ、徐々に麻痺する中で相互にエスタブリッシュメント(支配)な意識を強めていくゆえに、長く権力の座に居座ることには弊害のほうが多いことは、嫌というほどに歴史が示しています。

聖徳太子

いくら善政をしたからといっても、法制化してでも権力者であることの任期を明確にするべきとワタシは思うのですが、所詮、ワタシの意見など忖度も斟酌もされる気配はありません。

キーワード