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視点

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否定的コメント

さぼ郎
モーニングサテライトでは2017年末の予想をしています。いろいろな専門家のいろいろな推測をまとめてみようと思います。

その前に、面白いグラフの記事がありました。かの有名な池上彰さんが使ったグラフのようです。

グラフ

左が日本で右がアメリカです。青が富める人たちで赤が貧しい人たちです。この図を見ると、アメリカの下位の人たちは下げ止まっていますが、日本では急落しているように見えます。

しかし、グラフの左の尺度を見ると数字が違います。

補正

これが、尺度を合わせたグラフです。確かに下位の人たちはアメリカに比べて下がり傾向ではありますが、富める人たちは、ほとんど増加していません。

池上彰

尺度を併せて合成してみると、格差はあまり広がっていない感じです。最近のメディアは、報道というより権力にはおもねるし、ニュースもエンターテイメントになっている感じです。

いくら、池上さんが勉強家だとしても、ありとあらゆることに精通しているはずもなく、なんでも解説しようとしてテレビ局側にハメられたというのが実態のようです。

そういえば、ネットの記事をあさっていたら「りゅうちぇる」というタレントの発言が非難殺到になったということでした。

りゅうちぇる
記事にリンク ↑

「いじめ加害者の実名報道」に関する是非だったようで、「りゅうちぇる」は、実名報道反対の立場だったことにネットで批判されたようです。

問題は加害者が少年であるか成人であるかだけのことで、少年であるなら更生を求めるというのが法の理念のはずです。少年のまま犯罪傾向を深めてしまうことの社会的損失を考えるなら、更生の可能性を少しでも広げようという法理念を「りゅうちぇる」は代弁しているだけのことで、非難される筋合いのことではないように思うのです。
犯罪被害者団体を中心に「成人の有期刑が最長30年であるのに比べて少年事件の量刑が軽すぎる」との声が高まり、法制審議会(法相の諮問機関)が法改正を議論。
有期1刑の最長は20年で、併合した最長が30年になったことで、無期懲役の仮釈放も概ね30年を超えるようになっているようです。

無期懲役に仮釈放があることを認めようとしない風潮もありますが、社会内処遇という制度も、「りゅうちぇる」のいう更生という観点からは、とても重要な処遇であると思います。

犯罪被害者団体にとってみれば、厳罰を望むことは当然のことで異論はまったくありませんが、社会は当事者感情だけで成立しているわけではなく、むしろ第三者感情で構成されている部分のほうが圧倒的だと思います。

ようは、当事者感情と第三者感情とのバランスで量刑は決めるべきで、少年事件の量刑を重くすることが犯罪の抑止になるか、あるいは、加害者の更生につながるかなど複雑な要因を加味して決めていくことを刑事政策と言うわけですが、当事者感情に比重を移すことが「あたかもの正義」になっていくことは、刑罰が応報主義になっていくだけで、刑罰の制度破綻にもなりかねないような気がします。

厳罰化を望む社会は、きっと、思うほどに住みやすい社会にはならないと思います。とはいえ、交通事犯を厳罰化(危険運転致死傷罪など)したことで、交通事犯が激減していることも事実ですが、少なくとも人気タレントの意見(しかも正論)を非難で圧殺するという風潮は、とっても嫌な時代になりつつある感じを受けます。

最後に日産のガソリンエンジン式電気自動車に関して。

日産ノート
記事にリンク ↑

日産のノートe-POWERという車は、駆動は電気で発電がエンジンなのだそうです。そのことはどうでもよくて、「この駆動システムが、量産型のコンパクトカーに搭載されるのは世界初。」という記事に対して、
無知にも程があるシボレーボルトを知らないのか?
馬鹿な記事ばかり上げるとメディアとしての信頼性にも傷が入るぞ。
とのコメントが早速入りました。そのコメントに対して、
どうでもいいけど、どうしてこういちいちコメントに否定的なことを書きたがるかね?
というコメントが入っていました。amazonの書評でも、実は結構参考にするのですが「★一つ」の書き込みがすかさず入ります。

たまたま、南北朝について知りたくて関連の新書を読んでいます。「足利義満 消された日本国王 」(光文社新書)という本を今、読んでいるのですが、書評では、
こんな著者が大学教授を称して日本の歴史を語ること自体本当に残念。
勘弁してくれ著者のように、日本の歴史の本質の理解できていない学者に京都が理解できるはずもない。本当なら星ゼロだ。
と云うような意見がすかさず入っていました。指摘も無理からぬ部分(読者へ迎合しようとして私的な戯言を書く部分などは結構、不快です)はあると思いますが、
たしかに,著者の書き方は,すぐに脇道にそれるなど,読みにくいものですが,その主張は,充分納得できるものでした。
という「★5つ」もあって、どんな本にも、必ず著者の知見に基づく発見が有るものとして読むか、批判的に読むかの違いでしか無いと思います。

どうして、こういちいちコメントに否定的な事を書きたがるかね?

この言葉を、今年1年の戒めとして、最大限、肯定的に生活しようと思っています。自分もそうなのですが、物事を否定的に捉えるというのは、自分には独自の見解(知識、解釈)があるという(根拠のない)優越が作用している気がしますが、みっともないことなのだと反省しています。



紅白歌合戦を観なくなって久しいのですが、視聴者投票では紅組252万7724票に対し、白組は420万3679票で大きな差が付いていたのだそうですが、ゲスト審査員の得票で紅組の勝利になったようです。

そのからくりは、
・視聴者投票の勝利で2票
・会場投票の勝利で2票
・ゲスト審査員10人は1人1票
・ふるさと審査員は全員で1票

視聴者1,675,955票の差は、実はたったの2票の重みしかなく、審査員10人の思惑の力には抗いようが無いことを示しています。

これが代表民主主義の縮図なんですね。

安倍内閣の支持率も似たようなもので、大手メディアによれば国民の過半数が支持していることになっていますが、ネットでは1割の支持もないらしいです。とはいえ、ネット社会は「否定的」のようですので真実は不明です。

事実は「組」の勝ちということが全てです。このように安保も解釈で改憲され、はては憲法改正のようです。

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